人間ドキュメント 45日の命といわれた男-癌からの生還- 豊田行二著 | 目からウロコ?の健康通信

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 人間ドキュメント 45日の命といわれた男-癌からの生還- 豊田行二著

 

今は絶版となってしまった1冊の本があります。

タイトルは『人間ドキュメント 45日の命といわれた男-癌からの生還-』著者は豊田行二氏。

昭和50年7月25日に発行されました。

二部形式になっており、前半は膵臓がんで余命1ヶ月半と告げられた吉田重行氏の昭和49年4月25日からの手記。

 

ご親戚の方の縁で「茸源」に出会い、利用し始めたのが5月18日。

一気に快方に向かったわけではなく、途中体調がすぐれない日もおありのようでしたが、最早放射線も手術も抗がん剤も不可能と言われ、すがるような思いでのご利用のようでした。

手記はその年の10月21日までの記録ですが、最終日の闘病日記には「8月8日には45kgだった体重が、65kgになり通院終了」とあります。

 

(『人間ドキュメント 45日の命といわれた男-癌からの生還-』豊田行二著 日新報道出版部 1975年)

 

後半は「茸源て何だろう」というセミタイトルでLEMのことが解説されています。そしてこのLEMを世の中に広めるべく奔走された当時の販売元、日本クリエート(株)の吉住勉氏が紹介されています。

 

日本クリエート(株)は、日本合成ゴム(JSR=世界第2位の合成ゴムメーカー)の100%出資の子会社。当時は鹿島、四日市、千葉に工場を持つ石油化学系企業でした。この会社が健康分野に力を注いだのは、公害の社会的責任を重視したからだといわれています。

人々の健康を願い研究を重ねてLEMを生み出した飯塚氏(野田食菌工業創設者)と、噂を聞き付けた日本クリエート(株)がこの上ないタイミングで出会って、LEMは広まっていきます。

 

ちなみにLEMの産みの親である飯塚千代吉氏は、シイタケ菌糸体に含まれる有効成分抽出法の研究が認められ、昭和50年4月10日に農学博士の学位を、その5日後の4月15日には理学博士の学位を授けられました。

”飯塚博士”の誕生を祝うパーティはその年の6月10日正午から、帝国ホテル孔雀の間で開かれ、茸源の愛飲者として俳優の芦田伸介氏やNHKアナウンサーの大塚利兵衛氏、NHK解説委員長の緒方彰氏が祝辞を述べたと記されています。

著書ではこのほかにも愛飲者として三木武夫首相(当時)、詩人の楠本憲吉氏、読売新聞出版局長の二宮善基氏といった著名人も紹介されています。

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