Time flies。 | 踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

「踏んだり蹴ったり」って....あーた、被害者なら「踏まれたり蹴られたり」ってのが正しいんぢゃない??日本語ってばむつかしい...._| ̄|○  (BTW, ついでに、人も指せない「足の親指のトナリの指」を何て呼べばしっくりくるのか、教えてヱライひとっ!!)



光陰似箭、光陰矢の如しTime flies




あと 2 時間で、東日本大震災あれ

from Wiki

被害
Wikipedia より抜粋)

から 5 年。

だから改めて ── アタシを含めた “忘れがちな大多数” のために改めて

震災直後に記事になったビートたけし氏のコトバを今日はココに残しておこうと思う。



 週刊ポスト2011年4月1日号
「21世紀毒談特別編」より抜粋 

 常々オイラは考えてるんだけど、こういう大変な時に一番大事なのは「想像力」じゃないかって思う。今回の震災の死者は1万人、もしかしたら2万人を超えてしまうかもしれない。テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばっかりだ。だけど、この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。

 じゃあ、8万人以上が死んだ中国の四川大地震と比べたらマシだったのか、そんな風に数字でしか考えられなくなっちまう。それは死者への冒涜だよ。

 人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。

また、同じインタビューで彼はこうも言っている。

 一個人にとっては、他人が何万人も死ぬことよりも、自分の子供や身内が一人死ぬことのほうがずっと辛いし、深い傷になる。残酷な言い方をすれば、自分の大事な人が生きていれば、10万人死んでも100万人死んでもいいと思ってしまうのが人間なんだよ。


(インタビュー全文はこちらへ)

最初の引用が “開眼させられるに違いない” コトバならこちらは
残酷というより、揺るがし難い。“ヒトに内在し続ける真理を痛感せざるを得ない” コトバなのだと思う。

(....嗚呼、そうか。真実を暴くコトバだから “残酷” なのかもしれないな。自分が偽善者だと気付かない人間にしてみたら、さ。(失笑))


ヒンシュクの達人ヒンシュクの達人
/ビートたけし



この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことを全く理解できないんだよ。
「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。


by ビートたけし


被災者当事者じゃない。からこそ
誰も喪失ってはいない。からこそ

今日という日に思い出すべきこと。
この先もずっと覚えてなきゃならないこと....決して忘れちゃイケナイこと。


March 11, 2016 12:46:18