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①自殺願望: 死にたいと考える
②自殺志願: 自殺をしたいと願う
③自殺企図: 実際に自殺しようと行動に移す
④希死念慮: 客観的に理解しがたい理由で死にたいと願う
「枷を外したいから」 や
「自由になりたいから」 は
“客観的に理解しがたい理由” なのか?
どうも納得いかねーな....(遠い目)
「車にはねられて死ねたらいいのに」
「誰かが殺してくれたらいいのに」
そのとーり!!
自死は理解の外に在る。
だから病んではいない。
極めて正気。
誰にでも手に入れたいものや夢があるように
ただそれが欲しい。
ただそれに憧れる。
それだけのこと。
大したことじゃない。
以下、“希死念慮・自殺(自死)念慮|大阪堀江 幸朋カウンセリングルーム カウンセリング用語集” より抜粋。
(前略)
希死念慮の場合は、必ずしも自殺したいと思っているわけではなく、たとえば「(自分が)車にはねられて死ねたらいいのに」とか、「誰かが殺してくれたらいいのに」といった、文字通り自らの死を望む考えや気分のことです。
(中略)
このような心理の本質を一言で表すならば、それは「間違った認識による自己否定」であると言えます。
(中略)
抑うつを引き起こしてしまうようなやっかいな否定は、まず何らかの論理の歪み・理不尽さを含んでいます。
(中略)
うつになりやすい性格(メランコリー親和型)の人の多くは、思考力が発達しているために筋道でものごとを捉えますが、一般に人々はそれほど筋道でものごとを考えるわけではありません。
(中略)
本来、誰かから不当な否定を受けたならば、それに対しては怒りを覚えるのが正しい反応なのですが、このように得体の知れない劣等感に捕えられてしまった場合、もはや怒りを覚えることはできません。
その結果、その人は自分自身をさらに否定することになります。
つまり、本来ならば相手に向かうべき攻撃性が、自分に向かってしまうことになるのです。
希死念慮とは、そうした感情がもっとも顕著な形で現れたものです。
したがって、この状態を脱するためには、自分自身に向かってしまっている攻撃性を本来向かうべき方向に反転させなければなりません。
つまり、一般的に希死念慮のカウンセリングにおいては、「内省」よりもむしろ、自分を取り巻く周囲の性格や考え方の分析のほうがより重要となります。
誰にでも手に入れたいものや夢があるように
ただそれが欲しい。
ただそれに憧れる。
それだけのこと。
大したことじゃない。