ネムレナイ。 | 踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

「踏んだり蹴ったり」って....あーた、被害者なら「踏まれたり蹴られたり」ってのが正しいんぢゃない??日本語ってばむつかしい...._| ̄|○  (BTW, ついでに、人も指せない「足の親指のトナリの指」を何て呼べばしっくりくるのか、教えてヱライひとっ!!)

知り合って 8 年以上になる人間が言ってくれたんだ。
表現者なのに表に出ようとしなかったアタシが
表に意思表示をしたのは進歩だと思うって言ってくれたんだ。

それが、一次選考に残ったって気付いた時。 (携帯片手に一瞬固まった。 ww)

でもぶっちゃけ 「なんとなく」 で始まった、本気モード 20 %の 1st トライだったし
「欲が全くなかったワケじゃないけど」 一次選考に通っただけでも初回の結果としちゃ充分かな、って。


それでもやっぱり、ありがとう。 嬉しいよ、そりゃね。



嫌味に聞こえちゃうかも、な前提で言えば、さ。

「認められること」 に重きを置いたことがなかったんだ。
「認められたい」 と思ったことがなかったんだ。

学校の成績。仕事場での成果。
努力は要らなかった。
教えてもらったことに答えるだけ、教えてもらったことをするだけ
それに結果はついてきた。

“表現” もそう。
書けば誉めてもらえた。
その道に進むチャンスもあるにはあった。
だけど、「好き」 だけで充分だった。
「好き」 の代償に付いてくるかもしれない 「痛み」 は欲しくなかったから。


「認められたい」 がなかったのは
「それなりに認められてる」 という無意識の満足感ゆえだったのかもしれない。

「認められること」 に重きを置かなくてよかったんだ。
「認められたい」 と思う必要がなかったんだ。
....多分。

(もちろん、表に出る 「認められたい」 はなかったけど
もっと内面的な、存在そのものを 「認められたい」 「赦されたい」 はあったよ。
これはアタシの永遠のテーマだし。)


ま、つまりは、「生きてていい」 を体感したい ―― それが今、こうやってブログ書いてる理由で
これからも書き続けようと思う理由で
でもそれには読んでくれるみんなが必要で
だから、これを読んでくれてるみんなに感謝ってこと。

ん。



明日のことなんか何一つ見えないけど (まだまだ絵に書いた もち (× 雪だるま) ですからね。)
とにかくみんなに、ありがとう。

そして、Thanks be to God ―― 神に、感謝。