
Oct. 28 (Sun)@大阪福島 2nd LINE

名古屋と大阪に行ってきた。
名古屋で瑠璃ちゃんに逢った。 大阪で濱畑に逢った。
4 日前 ―― 23 日にもココにいたかった ell。
名古屋でのライブは、涙がいっぱいだった。 懐かしいことが、切なくて。
6 日前 ―― 22 日にもココにいたかった 2nd LINE。
大阪でのライブは、笑顔がいっぱいだった。 シアワセなことが、嬉しくて。
名古屋でのライブの後、物販にいた吉田くんに言った。
「楽しかった。 ....多分。」
大阪でのライブの後、名古屋では出さなかったアンケを書いた。
「楽しかった! シアワセだった!!」
名古屋でのライブ中、しみじみ思った。
「結局まだ依存してるんだな。 再会できるのが 1 年後だとしても、多分アタシは待ち続けてしまうんだろうな。」
大阪でのライブ後、アンケを書きながら突然思った。
「充分に満足だ。 もう卒業しよう。」
これが、この 2 日間のアタシ。
キライになったワケじゃないけど。
離れてても、きっと、ずっと、ダイスキだけど。
彼らの場所は永遠に彼らの場所で、それは信じるに足ることだけど。
だけど....執着もしない。固執もしない。 これからは。
It's so simple ―― 「都合をつけてアイに行く」 から 「都合がつけばアイに行く」 へ。
それは瞬時のメタモルフォーゼ。
出逢ってくれて、ありがとう。
感謝を伝え続けてきたツモリではいるけれど、今でも伝え切れていないように思う。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。
大好き、だよ。
2nd LINE から梅田のバス停まで濱畑と歩きながらイロイロ、話した。
彼らのこと、彼らのファンのこと、自分と 「みんな」 の未来のこと。
結果、他のバンドさんを優先していこうって突然ソコに辿り着いてしまったこと。
「彼らのように、幸福を分け与えられるように、がんばる。」 と言ってくれた彼は、日記にこう書いてくれました。
以下、許可を受けての抜粋。 ありがとね。
何年前だかに京都で見た彼らと、何かが違う気がして。
いや、見た目がオッサンになったなとかそういうのではなくてねw
あのときまだ20代なかごろのオレは、この人たち、否、彼のことを理解するには幼かったのかもしれない。
満面の笑みで深い闇を覆い隠している彼であったからこそ、姉が惹かれていったということも。
おのれが深く深く沈んで行くことと、公衆の面前で他人に幸福を分け与えることは、実は両立しうるということも。
姉は、憑き物を落としたかのような様子で、バスに乗り込んでいきました。
移ろいやすい事物と、唐突に起伏する感情。
そして、この地上にとどまり続けることを厳命する天命に弄ばれながらも、
たおやかに生きること、その尊さを求め続けていたい。
何もかもが尽き果てゆく、その日までは。
とびきりの笑顔を持ってるヒト。
笑顔に癒しがあるヒト ―― その笑顔に触れるだけで、こっちまで笑顔になれちゃうようなヒト。
だけどその下に、深い深い痛みを抱えてるヒト。
内包してる痛みから逃げずに闘い続けてるヒト。
だからこそ、希望の唄を唄えるヒト。
光と闇の中に生きるヒト。
何故だか時々抱き締めてあげたくなったヒト。
その唄でいつもアタシを抱き締めてくれてたヒト。
きっといつまでも、いつまでも、大好きだと思えるヒト。
また逢いませう。
http://www.netlaputa.ne.jp/~unlimi/domingos/
【おまけ。】
↓ ヤヴァとん後に瑠璃ちゃんと入ったお店で注文してしまった 「アフタヌーンティー@期間限定 1000円。」

↓ ライブ前に濱畑と難波で食べた、初 (祝!!) 「キャベツ焼き@110円。」 と 「蓬莱さま。@2 個入280円 × 5。」
