the chain of the respect and gratitude | 踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

踏まれたり蹴られたり...._| ̄|○

「踏んだり蹴ったり」って....あーた、被害者なら「踏まれたり蹴られたり」ってのが正しいんぢゃない??日本語ってばむつかしい...._| ̄|○  (BTW, ついでに、人も指せない「足の親指のトナリの指」を何て呼べばしっくりくるのか、教えてヱライひとっ!!)

ココか昔の BBS で (海馬小さいので憶えてませーん。) 以前にも書いたハナシだけど、
とあるヒトに宛てたメッセやら、別のヒトとした会話やらで、最近ヤケに意識するチャンスを与えてもらってるハナシ。
偶然がソコまで重なるってことは、「改めて Break Down するタイミング」 なんだろうから、書いとく。 ん。



これだけ長く生きてるのだから (どっかーん。) 何度かは 「ありがとう。」 を言われた経験はあるワケさ。
その 「ありがとう」 を貰う度にアタシは思ってきたんだよね。
アタシにお礼は要らないから、その分、誰かに 「ありがとう」 って言われてることをしてほしいな、って。

「ありがとう」 ―― コトダマがキラキラな、とってもステキなコトバ。
だからこそ、その 「ありがとう」 が 「どういたしまして」 よりも輝いてる、次の 「ありがとう」 を生んでくれたら ――
そうやって 「ありがとうの連鎖」 が続いていったら、世の中は、きっともっと住みやすくなるんじゃないか、って。


そんなアタシの 「大好きな彼」 がやっぱり 「ありがとう」 というコトバを大切に思ってることを知ったのが先日。


んで、ね。 別の日に別の彼が言ったんだ。

「今、すごくたくさんの人に助けてもらいながら生きてる。 支えてもらいながら生きてる。
 だから、次は俺が誰かを助けたり、支えたりする仕事をしたいと思ってるんだ。」

あるアーティストさんの日記に、新しい道にある人が導いてくれたことに対する感謝のコトバがあったトコだったし、
「ありがとう」 というコトバだけじゃなく、「存在そのもの」 が連鎖していく過程を痛感させられたワケだよ。
ステキだな、って思ったワケだよ。



the respcet and gratitude ―― 敬意と感謝。

与えてくれた人に返すんじゃなく、次の人に手渡していくんだ。
敬意と感謝が鎖のように、次から次へと連鎖していくんだ。

想像しただけで、気分は上々。

だから、Imagine it, desire it and do it.
想像する。切に願う。 ―― 次は、それを現実にする番だ。