「太平洋の地獄」其の六 佐藤袈裟孝(小道具担当)
「私だけの撮影所物語」より
ある日沖合約30マイルの海上で筏上の撮影を終え、筆者の乗った小舟は筏を2艘引き帰港します。 他のスタッフはジェットボートやその他の船で帰港しますが通常の船は時間にして30分~1時間位で帰る事が出来ます。
筆者の乗った船は筏2艘の重量で5時間位かかります。
小船の船長さんは普段はこの小船で港のパイロットの仕事をしている島一番
船乗りです。 御承知の方も居られましょうが、パイロットとは大船が入港する時に浅瀬に乗り上げ無いように海路案内をする港の主の様な人です。
「サトさん、港が騒いでいる」 何の事かちっとも解りません、疲れ果てて船縁で居眠りしていた筆者は何も感じません、 只ただエンジンのポンポンと鳴る音としぶきを上げる母船と筏の波音が上手い具合に眠気を誘っているだけでした。 「ボー」 「ボー」 遠くに汽笛の音が聞こえてきました
「今時分、なんだろうね」
「サトさん、エンジンが鳴っているよ」
「何か事故でも起きたんじゃないだろうか?」
「サトさん、船動き出したよ」
「えっ」
寝ぼけ眼の筆者はとたんに眼が覚めましたが、あわてても、海の上、どうにもなりません。 約2時間もすれば港に到着するのだからと、思いながらも
何か落ち着かない永い永い2時間余りでした。
小舟の着く桟橋で筆者と船長さんを待っていてくれたのは、日本人クルーのプロデュウサーZ氏と助監督のO氏でした。夕食もとらずに筆者達を待っていたのです。
「御苦労さん、船長さん、明日もよろしく」
「4時半出発でお願いします、」
「はい」
港は何事もなかった様に見え、自分が気をもんだ2時間余りは一体何だったんだろうと腹が立ってきました。 シャワーを浴び、食堂に行った頃には既に他のスタッフは眠りに着いたとみえ、テーブルには3人の食事が並べられ、台湾人パーサーや食堂担当者の姿も無く,さみしい夕食になりました。
Z氏とO氏と筆者、無言の夕食でした。
「何かあったのですか?」
やっと声に出しました。
「うん、 この船長さんと三船さんがプロデューサーと一寸もめたんだ」
「契約上の問題で、中間の支払いが遅れていて、船員の給料が払えない状態でプロデューサーの云い訳に腹を立てた船長と三船さんが撮影を中止して船を帰すと云いだし、船を桟橋から出航させてしまったんだ。」
「プロダクション側が謝罪をして何とかおさまったんだけれど、そのまま船が出航したら君は、パラオに一人残されたって訳よ。」
「台湾人の乗組員は半分は帰国させるらしいから、、、、」
そんな事件があった翌朝、まだ眠りからさめやらぬスタッフ達をよそに、筆者は4時半、再び小船の船長さんと筏を曳いて真暗闇の海に出かけるのでありました。
