ユウスケがどこをどう走ったのか、全く記憶に無いが、気がつけばいつものマンションの地下駐車場だった。
「――何で、ヒロシのヤツ、手ぶらだったんだ……!?」
薄暗い静寂の中で、まだ収まらない興奮状態をねじ伏せようと、俺は憤りを吐き出した。
何か口に出さずにはいられなかった。
「……知らねぇよ!」
苛立ちを隠さずに、ユウスケは吐き捨てた。
ハンドルを握りしめたまま震えている。
「――ヒロシ……死んだんだよね……」
シンジの声も上ずっている。
「……とにかく、リーダーに報告しないと――」
「――僕、この仕事辞める」
俺の言葉を遮って、シンジが宣言した。
「シンジ……?」
「だって……命は惜しいよ!!」
皆、気がついていた。
ヒロシを跳ねた車は、ブレーキを一度も踏まなかった。
何が起きたのか分からないが、コインロッカーで異常な事態が起こり、慌てて逃げ出したヒロシを、誰かが意図的に跳ねたのだ。
ヒロシが今夜、あの場所に現れることを知っている人間は限られている。
「――辞めるにしたって、今夜のことは報告しないとマズイだろ……」
少し落ち着きを取り戻したユウスケが呟いた。
その言葉に促されるように、俺たちはマンションの部屋に上がっていった。
-*-*-*-
「――やっと戻ったな」
カルバンクラインの黒いスーツに身を包んだリーダーが、いつものようにソファに座っていた。
「――ヒロシが、」
「知ってる。アイツのことは忘れろ」
俺の報告を抑え込んで、リーダーが短く言い放った。
「金は別チームが回収済みだ。お前ら、今夜は帰っていい」
気がつけば、回収された札束が、テーブルの片隅に積まれている。
ヒロシが持ち帰れなかった、札束だ。
「リーダー、僕、辞めます。もうここには来ません」
「――シンジ……」
会話の間隙をついて、シンジはきっぱりと言い切った。
「お前らは? お前らも辞めるのか? ――ユウスケ?」
リーダーは動じない。
数多の『受け子』を管理してきた彼は、こういう展開も予想していたのかもしれない。
「おれは続ける」
隣に立つユウスケの横顔を盗み見た。
駐車場での動揺などなかったかのように、平然としている。
「ナオト、お前は?」
「いえ……俺も、まだ……」
まだ――。
正直、口ごもった自分の心が分からない。
「分かった。今までご苦労だったな、シンジ」
「は……い――じゃあ、僕は、これで……」
あっさりと関係が解消されたことに、他ならぬシンジが呆気に取られつつ、部屋を出て行った。
「……メンバーを補充する。連絡するまで、しばらく待機しろ」
リーダーは、玄関のドアが閉じる乾いた音を待ってから、口を開いた。
「リーダー、1つ教えてくれよ」
ユウスケが、ズカズカと正面のソファに座った。
「ヒロシを殺ったのは、あんたの指示か?」
「――忘れろ、と言ったはずだ」
「こんなことがあっても、俺たちは続けるんだ。それなりの覚悟はあるぜ」
リーダーは、一度俯いた。
それから、喉元でネクタイを弛め……、
「――はっ……笑わせるな。覚悟、だ? 所詮、金に目の眩んだ小悪党だろうが!!」
低い声で凄むと、立ち上がり、テーブルを越えて、圧倒されているユウスケの胸ぐらをつかんだ。
「余計なことに首突っ込んでんじゃねぇよ!」
バン! バン! という激しい音が響く。
ユウスケが往復ビンタを食らっていた。
「てめぇら駒なんだよ!! 黙って指示に従ってりゃいいんだ!!」
もう一度、張り手が飛び、グウッと呻いて、ユウスケが床に転がった。
「……リーダー、ヒロシは何やったんですか!?」
足蹴を噛まそうと、振り上げたリーダーの前に、俺は咄嗟に飛び出した。
「――ナオト、てめぇもか!?」
鬼のような形相で、リーダーが俺の胸ぐらをつかむ。
「指示に従ってても……俺たちも……消されるんですか!?」
殴られること覚悟で、必死に叫ぶ。
一瞬、リーダーは目を見開くと――振り上げていた右手を止めた。
「――アイツは、回収金を持ち逃げした」
「まさか……」
「これまでに400万だ! コインロッカーから車に戻る前に、隣の空きロッカーに隠してな、後から1人で取りに戻ってやがった……!」
愕然とした。
「――あのヒロシが……?」
グイ、と押されて、その場にへたり込む。
「ナメたマネすると……あぁなる。いいか、お前らは駒だ。大人しく指示に従っていろ」
床の上の俺たちを見下ろして、リーダーはいつもの冷徹な口調に戻っていた。
瞬時に狂気のような凶暴性を爆発させながら、次の瞬間、その波が納まる。
リーダーの感情が見えない冷たい瞳を見上げて、底知れぬ恐怖が込み上げていた。
顔を腫らしたユウスケに肩を貸し、俺たちは部屋を後にした。
俺たちはほとんど言葉を交わさず、ユウスケはワゴン車で帰って行った。
-*-*-*-
リーダーの恐ろしさが染み渡っていたが、それよりも、ヒロシが俺たちの目も欺いていたことが衝撃だった。
あの、ヒロシが。
数ヶ月前、初めて詐欺に加わった夜、被害者の目が忘れられないと泣いた、あの青年が――。
俺はまっすぐ帰る気になれず、雨上がりの道を惰性で歩いた。
ふと気づくと、駅前の居酒屋の前にいた。
「――いらっしゃいませー!!」
威勢のいい女の子の声に通されて、カウンターにつく。
食欲はなかったが、無性に酔いたい気分だ。
頼んだビールを立て続けに煽る。
サラリーマンの賑わいが少しずつ捌けると、ざわめきの向こうから、テレビの音が流れてきた。
カウンターにへばりつきながら、画面に視線を投げる。
ドラマが終わり、深夜のニュース番組が始まった。
男性キャスターが、夕刻起きた駅前の轢き逃げ事故をトップニュースで報じた。
忌まわしい事故現場の中継映像が映る。
あぁ……ヒロシのことだ。
俺はジョッキを傾け、込み上げてきた涙ごと、喉の奥に流した。
『……所持品から、被害者の身元は、木村ヨシノリさん25歳と判明、死因は強い衝撃による内臓破裂で即死――』
その瞬間、まとわりついていた酔いは消えた。
勘定を払うと、その足で警察署に向かい、俺は『受け子』を卒業した。
【終】
「――何で、ヒロシのヤツ、手ぶらだったんだ……!?」
薄暗い静寂の中で、まだ収まらない興奮状態をねじ伏せようと、俺は憤りを吐き出した。
何か口に出さずにはいられなかった。
「……知らねぇよ!」
苛立ちを隠さずに、ユウスケは吐き捨てた。
ハンドルを握りしめたまま震えている。
「――ヒロシ……死んだんだよね……」
シンジの声も上ずっている。
「……とにかく、リーダーに報告しないと――」
「――僕、この仕事辞める」
俺の言葉を遮って、シンジが宣言した。
「シンジ……?」
「だって……命は惜しいよ!!」
皆、気がついていた。
ヒロシを跳ねた車は、ブレーキを一度も踏まなかった。
何が起きたのか分からないが、コインロッカーで異常な事態が起こり、慌てて逃げ出したヒロシを、誰かが意図的に跳ねたのだ。
ヒロシが今夜、あの場所に現れることを知っている人間は限られている。
「――辞めるにしたって、今夜のことは報告しないとマズイだろ……」
少し落ち着きを取り戻したユウスケが呟いた。
その言葉に促されるように、俺たちはマンションの部屋に上がっていった。
-*-*-*-
「――やっと戻ったな」
カルバンクラインの黒いスーツに身を包んだリーダーが、いつものようにソファに座っていた。
「――ヒロシが、」
「知ってる。アイツのことは忘れろ」
俺の報告を抑え込んで、リーダーが短く言い放った。
「金は別チームが回収済みだ。お前ら、今夜は帰っていい」
気がつけば、回収された札束が、テーブルの片隅に積まれている。
ヒロシが持ち帰れなかった、札束だ。
「リーダー、僕、辞めます。もうここには来ません」
「――シンジ……」
会話の間隙をついて、シンジはきっぱりと言い切った。
「お前らは? お前らも辞めるのか? ――ユウスケ?」
リーダーは動じない。
数多の『受け子』を管理してきた彼は、こういう展開も予想していたのかもしれない。
「おれは続ける」
隣に立つユウスケの横顔を盗み見た。
駐車場での動揺などなかったかのように、平然としている。
「ナオト、お前は?」
「いえ……俺も、まだ……」
まだ――。
正直、口ごもった自分の心が分からない。
「分かった。今までご苦労だったな、シンジ」
「は……い――じゃあ、僕は、これで……」
あっさりと関係が解消されたことに、他ならぬシンジが呆気に取られつつ、部屋を出て行った。
「……メンバーを補充する。連絡するまで、しばらく待機しろ」
リーダーは、玄関のドアが閉じる乾いた音を待ってから、口を開いた。
「リーダー、1つ教えてくれよ」
ユウスケが、ズカズカと正面のソファに座った。
「ヒロシを殺ったのは、あんたの指示か?」
「――忘れろ、と言ったはずだ」
「こんなことがあっても、俺たちは続けるんだ。それなりの覚悟はあるぜ」
リーダーは、一度俯いた。
それから、喉元でネクタイを弛め……、
「――はっ……笑わせるな。覚悟、だ? 所詮、金に目の眩んだ小悪党だろうが!!」
低い声で凄むと、立ち上がり、テーブルを越えて、圧倒されているユウスケの胸ぐらをつかんだ。
「余計なことに首突っ込んでんじゃねぇよ!」
バン! バン! という激しい音が響く。
ユウスケが往復ビンタを食らっていた。
「てめぇら駒なんだよ!! 黙って指示に従ってりゃいいんだ!!」
もう一度、張り手が飛び、グウッと呻いて、ユウスケが床に転がった。
「……リーダー、ヒロシは何やったんですか!?」
足蹴を噛まそうと、振り上げたリーダーの前に、俺は咄嗟に飛び出した。
「――ナオト、てめぇもか!?」
鬼のような形相で、リーダーが俺の胸ぐらをつかむ。
「指示に従ってても……俺たちも……消されるんですか!?」
殴られること覚悟で、必死に叫ぶ。
一瞬、リーダーは目を見開くと――振り上げていた右手を止めた。
「――アイツは、回収金を持ち逃げした」
「まさか……」
「これまでに400万だ! コインロッカーから車に戻る前に、隣の空きロッカーに隠してな、後から1人で取りに戻ってやがった……!」
愕然とした。
「――あのヒロシが……?」
グイ、と押されて、その場にへたり込む。
「ナメたマネすると……あぁなる。いいか、お前らは駒だ。大人しく指示に従っていろ」
床の上の俺たちを見下ろして、リーダーはいつもの冷徹な口調に戻っていた。
瞬時に狂気のような凶暴性を爆発させながら、次の瞬間、その波が納まる。
リーダーの感情が見えない冷たい瞳を見上げて、底知れぬ恐怖が込み上げていた。
顔を腫らしたユウスケに肩を貸し、俺たちは部屋を後にした。
俺たちはほとんど言葉を交わさず、ユウスケはワゴン車で帰って行った。
-*-*-*-
リーダーの恐ろしさが染み渡っていたが、それよりも、ヒロシが俺たちの目も欺いていたことが衝撃だった。
あの、ヒロシが。
数ヶ月前、初めて詐欺に加わった夜、被害者の目が忘れられないと泣いた、あの青年が――。
俺はまっすぐ帰る気になれず、雨上がりの道を惰性で歩いた。
ふと気づくと、駅前の居酒屋の前にいた。
「――いらっしゃいませー!!」
威勢のいい女の子の声に通されて、カウンターにつく。
食欲はなかったが、無性に酔いたい気分だ。
頼んだビールを立て続けに煽る。
サラリーマンの賑わいが少しずつ捌けると、ざわめきの向こうから、テレビの音が流れてきた。
カウンターにへばりつきながら、画面に視線を投げる。
ドラマが終わり、深夜のニュース番組が始まった。
男性キャスターが、夕刻起きた駅前の轢き逃げ事故をトップニュースで報じた。
忌まわしい事故現場の中継映像が映る。
あぁ……ヒロシのことだ。
俺はジョッキを傾け、込み上げてきた涙ごと、喉の奥に流した。
『……所持品から、被害者の身元は、木村ヨシノリさん25歳と判明、死因は強い衝撃による内臓破裂で即死――』
その瞬間、まとわりついていた酔いは消えた。
勘定を払うと、その足で警察署に向かい、俺は『受け子』を卒業した。
【終】