最期。
2009年Septemberに始めたこのBlog。
「カナダからの手紙」Love letter from CANADA
をコンセプトに整形外科臨床留学の情報を日本に流すのが目的でした。
266回のメッセージにてその役割は少し果たせたのか、
と自分では思っています。
が、結局一番のBlogのメリットは
「人とつながれる」
ということだったかと。
これを、きっかけに
留学を目指す整形外科医
いや、科を関係なく留学を目指す医師
いや、医師でなくカナダを目指す留学生
いや、ただLondonに遊びに来る人
いや、留学関係なくスポーツ医学に興味があるひと
いや、将来スポーツ医を目指す中学生
いや、ただの旧友
いや、ただただSandyにつっこみたいひと
いや、すっごく偉い整形外科の大先生
いや、その辺のゴミみたいな後輩
いや、いや、いや・・・・・とかとかとか。。。。
このBlogを始めるにあたりInspireされた
「サッカーボールをめぐる冒険」
の著者である人見秀司のひとことをかりれば
「情報を発するところに人は集まる」
とのこと。
その通りだったと、今、納得。

ありがとう、秀司。
ちなみに東京医大スポーツ班による慶應ソッカー部(人見がコーチ)のメディカルサポートも今年から始まります。
松永怜が中心ですが、文武両道を本気で突き進む彼らの活躍が楽しみです。
秀司よろしく。
そして、本題。
SANDYの渡加とか。は終了します。
個人ブログである
「SANDYの渡加とか」
が終止符を打つには大きな理由があります。
医局が混乱しないため、
と、
教授閣下が倒れないため。
ではありません。
大変嬉しい理由です。
山藤崇は2012年度より正式に「鹿島ファミリー」の仲間入りしました。
チームドクター
香取 庸一 かとり・よういち 52歳
関 純 せき・じゅん 55歳
宮川 俊平 みやがわ・しゅんぺい 57歳
石井 朝夫 いしい・ともお 52歳
※山藤 崇 さんどう・たかし 36歳
春日 正照 かすが・まさてる 68歳
※は新任
自分がこの道に入ることが出来た一番の師匠である
「関純」

関先生の後を歩き始められるとは医師になって最大の喜びです。
チームドクターになりたいという相談を学生時代にしに行った時、
「サッカーが出来るうちはサッカーをしなさい。何も心配するな」
という力強いアドバイスをいただき、医歯薬リーグに没頭しました。
サッカーどころでない環境であった医局でもがいていると
「今は辞めるな、修行しろ」
と背中を支えてくれました。
「関純」は自分の父親です。
そしてだれよりもサッカーを愛するドクターです。

そして、現東京医大スポーツ班の班長である
「香取庸一」

香取先生は自分の目標です。
香取先生には
「先生、学校の教員になりたいです」
と真剣に医師になってから相談していました。
そんな無茶な相談にも「なぐる」ことなく
「気持ちはわかる」
といつも理解を示してくれました。
「俺も、サッカーしたかったからわかるよ」
と。
その上で、サッカーを愛する気持ちも持ったドクターがチームドクターをする意義、
をいつも説いてくれました。
そして今の自分があります。

スナック「さつき」で一晩中話しても話しつくせないドラマがありますが、
ここでは話しつくせません。
鹿島アントラーズのファミリーに入ることで、
選手が行っていないブログやFacebookなどのソーシャルネットワークを
チームドクターが個人で行うことは不適切と考え「とかとかの終了」を迎えました。
ちなみに、こんなローカルブログをチームや誰かに止められたわけではありません。
自分自身の判断での終止符です。
「喜ばしい終焉」だとおもってくだされば嬉しいです。
鹿島のファミリーになったことは最大の幸せです。
しかし、これはゴールでなくスタートです。
選手権に出たくて出場したけど、なんにも出来なかった自分。
目線の高さが人を高みにあげるのだという福田雅の指摘。
これからです。
これから。。
いまから。。。
SANDYの渡加とか。
を愛読?してくださった皆様には感謝です。
長い間、不適切な発言などなどを許容しつつ、
ブログを見てくださったみなさま本当にありがとうございました。
しかし、これがお別れではありませんので、ご安心を。
SANDYの渡加とかは引退しますが、
わが東京医大香取工務店は永久に不滅です。
(SANDYはなにを隠そう6歳まではジャイアンツの選手が夢でした)
ゴールでなくスタートです。

と、いーながらスポーツ班のNo3である高橋翼と
U17チームドクターの松永怜は青梅マラソンを3時間切ってゴール。
この写真はゴールだな。。。スタートではない。。。
彼らをはじめとして、
『これからの東京医大整形外科とスポーツ班を盛り上げていく有望な人事が集う場所』
として次のBlogを引き継げたらいいなと思っています。
形はどうなるか分かりませんが、情報発信は続けていく予定です。
このBlogでACLやFAIの情報を得て、外来に来てくれている患者様もいますし。。
新宿香取工務店のブログ
になっているかもしれません。。。
んで、本当に最後になりますが。

遠い遠いカナダに1歳3か月児Ronaをつれての留学。
愛妻のあすかには本当に助けてもらいました。

寒かったね。

マイナス25度だったね。

カナダ人に溶け込みつつ、移民待ちの南米人と一緒に英語を習ったね。

英語しか通じないのに子育てしつつ。

ハロウィーンでCutest prizeをとったり。

調子こいて、ホッケーしちゃったり。

コロンビア人の友達とたくさんパーティをして。

あすかもロナもサッカーを始め。

冬になったらRonaは凍るし。

310DUNDASでたくさんの時間を過ごし。

優しい、BOSS達に支えられ。

そして3人でたくさんの旅行もしたねー。

バンクーバー五輪でカナダと日本の両方を応援し。

クワッチとミガーの人形をマクドナルドで集め。

この壁おぼえてる???
そうケベック。フレンチかぶれでいらついたケベック。

マイアミとクルーズは最高だったなー。

ロッキーマウンテンはきれいという言葉を超越してたね。

道端で熊とであっちゃったり。

中山家も来てくれたね。

マドリッドからアルハンブラ宮殿までドライブして。
ドンキホーテ気分を味わい。

スペインの小さな町にも芝生のスタジアムはあったね。
老後はここに移住かね。

そして、モロッコにいき、下痢になり。

スークで世界一のオレンジジュースを飲んだなー。

最期の大晦日はNYまで1200Kmドライブでいったね。
そして、マジソンスクエアーでカウントダウン。
寒かったのー。

って、いろんなことがあったけど、
結局思い出すのはLondonでの生活。
町中にはわれらが長男の名前がたくさんあり(大手ホームセンター)

Victoria Parkで無料でスケートして。

毎日、Dundasから北を向いて夜景をながめ。
Ronaは「大きくなったらチャーチで働く」
とかいってたもんです。

このアングルは一生忘れないだろうね。

そして、この雪だるま覚えていますか?
2人とも英語がうまく通じず、喧嘩して、ふてくされて寝たら、
あすかがベランダの雪を集めてひとりで作った雪だるま。
あの時の手は冷たかったな。
3人で家族だよ、とあすかは笑っていいました。
そして、留学中にSandyがベットから出られなくなり、
「鬱なんだよ」
と、ばっさり思いっきり励ましてくれたね。
あれで元気になりました。
Ronaとの写真を壁にかざり
「辛かったら帰国してもいいんだよ」
といってくれて、ふっきれたんだよ。
そう、旅の写真ばかり出して楽しそうに見えるけど辛かったね。
自分も仕事でつらかったけど、あすかはもっと辛かったはず。
1歳3か月のRonaをつれて。。。
よくがんばりました、そして本当にありがとう。
このまえ、なかむーにメールしました。
「Canadaは楽しかったので、帰りたい!」と。
したら、なかむーから
「人間というのはよくできていて,
つらいことをあまり思い出さないのに楽しかったことだけはよく思い出す,
だから生きていけるんだ」
というメールが来ました・・・・・・
その通りなのかもしれません。
でも、Canadaに永住したいって、あすかが言いだして喧嘩になったなー。
「簡単にそんなこと言うな。仕事場はまじ辛いんだぞ!」
と。
あ、長くなりましたね、最期のBlog。
愛妻のあすかへ、今更ながらお礼を言いたくて筆が延びました。
ちなみに、このBlogは2月20日朝4時に書いています。
あすか、本当にありがとう。
カナダ臨床修行はあすかのおかげで乗り越えられました。
そして、過去の写真をみていたらこんなものを見つけました。
2010年のCanadaヴァージョンの「書き初め」です。

LIVE TOGETHER & SMILE
これがわれわれがカナダで出した答えなのかもしれません。
われわれの答え。
スポーツ班にもあてはまるかと。
香取棟梁がよく言う「一体感」を横文字にするとこうなるのかと。
そして、そこに笑顔があれば無敵ですな。
我々ふたりが出会ったのは茨城県の阿見。
あすかの実家は茨城県の結城。
鹿島、がんばります。
最後の一言はは歌詞で締めくくります。
香取棟梁を刺激しなければいいのですが・・・
「喜びを他のだれかとわかりあう、それだけがこの世の中を熱くする」
小沢健二は個人的には嫌いだけど、この一文が好きです。
家族と、スポーツ班と、友達と、仲間と、サッカーと、後輩と、・・・・
一緒に喜べるものを目指して前進していきます!
あー、また留学したい。
では。。。