春の息吹(その1) | SとMとの間で

SとMとの間で

私「横溝のぞむ」の人生の軌跡、忘れ得ぬ素敵な人々を
一緒に追体験しませんか?

波乱の密着取材初日は、最後にちょっとした事件で終わったものの、なんと無事にやり終えました。

 私は家に戻り、今日の出来事を一つひとつ思い出しながら、主任の密着取材を記事の素案として練り上げていきました。私にとって、その作業は主任への思い、そして欲望を再確認する作業でもありました。

 威厳のある言動
 見下した物言い
 冷静沈着なリーダーシップ

 優しい気配り
 おおらかな包容力
 お茶目な言動

 悩ましい表情
 すがるような眼差し
 震える細い肩

 しなやかな肢体
 悩ましい曲線
 汗ばむ肌……

 主任はいろいろな仮面をめまぐるしく入れ替えながら、私の前を踊っているかのようでした。そしてそれらの仮面の奥底に、支配への欲求、束縛への願望が隠れていることもまた感じました。

 “試してみよう……”

 私は心の中でゆっくりと自身の爪を磨きはじめました。自分の上司である女性が、私の前でひれ伏す様……、その想像は熱い塊のような衝動をを胸元にまでこみ上げさせるのに十分なものでした。

 しかし、このとき私はまだ気づいていませんでした。その衝動のさらに奥の奥に、主任への信頼や愛情を欲している自分がいることを……。

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 翌日の密着取材も終日順調でした。社内会議、他部署との連絡調整、そして夜の接待。常に主任は陣頭指揮をとり、自らも献身的に動くことで複数の仕事を同時並行でこなしていきます。あまりに忙しすぎて、初日のような食事を共にする時間さえありませんでした。

 いよいよ密着取材最終日。

 私はかねてから企画していたあるイベントを主任にお願いすることにしました。
 それは特集した人物を、まったく違う人物へと変身させる企画です。今ではプロの手で素人さんが美しく、あるいはかっこよく変身するという企画は当たり前ですが、当時はなかなかないものでした。

 広報部という場所柄、モデル事務所を中心とした関連業種とコンタクトのある強みを生かし、撮影隊、ヘア、メイク隊や衣装スタッフなどが調達できます。その人たちにお願いをして、今までの「背広姿」「黒のパンツルック」というステレオタイプ的サラリーマン像、OL像を打ち壊す。それが狙いでした。

 最終日の午後、私は主任の部屋を伺いました。あいかわらずものすごい勢いでワープロのキーを「ぶっ叩いて」います。左肩には受話器が挟まっていました。私はシスレーの絵を眺めながら、主任の手が空くのを待ちます。

 荒々しく電話を切った主任は、不機嫌そうな顔で私に問いかけます。

 「何の用ですか? 会議は1時間後です。それまでは忙しいので取材を遠慮してもらったはずですが。」

 社内なのでいつもの敬語です。しかも今日は少しトゲトゲしい雰囲気が出ています。

 「はい。実は主任の写真を撮らせていただきたく伺いました。もちろんスナップ写真ではありません。ヘア、メイクもし  っかりやってもらい、スタイリストさんが事前に選んでくれた服を着てプロのカメラマンに撮ってももらう。これがこの  企画の目玉なんです!」

 主任は、眉一つ動かさずに聞いていました。この反応は事前に誰かから(たぶんすみれさんでしょう)聞いていた反応です。主任はしばらく腕組みをして黙っていましたが、

 「どうしても撮らなくてはいけないのですか?」とだけ聞いてきました。

 「ぜひお願いします。最初の特集で方向性を決定づけたいのです。この企画がうまく行けば、次回からの取材へのお願いがうんと楽になります。それにこんな機会めったにないですよ。プロにメイクされて、プロに撮ってもらう……」

 「いいえ。そんなことはどうでもいいことです。私は自分の楽しみのために撮るわけではありません。これも仕事としてなら引き受けます。いいですね!」

なぜ、こんなに機嫌が悪いのかはわかりませんが、明らかにこの企画に不満があるようでした。しかし、嫌だと拒否しないことを頼りに、今回だけは強引に進めることにしました。

「わかりました。あくまで仕事として主任にお願いします。それに私もこの密着取材では多くのことを学ばせてもらいました。そのお礼をさせてください。お願いします!」

 わたしは頭を思いっきり下げて主任の返答を待ちました。

 「……わかりました。ただし一つ条件があります。」

 「はい?なんでしょうか?」

 「メイクとヘアはお願いします。けれど、カメラマンは要りません。衣装はお借りしますが、スタイリストさんも不要です。」

 「……? スタイリストさんはいいとして、カメラマンがいないと撮影が……」

 「あなたが撮って下さい。横溝君。」

 「はい???」

 「あなた、学生時代に写真のコンテストで入賞しているでしょう?写真を撮るイロハぐらいは心得ていますよね?」

 「……はあ。確かに学生時代は写真部(正式には映像部でしたが)ですし、今でもときどき風景写真を撮りに出かけますが……。でも、人物写真はあまりやったことが……」

 「できるの!? できないの!? はっきりしてください! あなたが写真を撮らないならば、私はこの申し出はお断りします。どうしますか!!?」

 一瞬、私はパニックになってしまいました。

 “人物写真は友人に誘われてモデル撮影会に行ったときのみだし、人物写真には何人かのアシスタントも必要だし、カメラも古い単焦点だし、それに……主任はどうして僕が写真を撮ることを知っているんだ??”

 「さあ、今決めて下さい。横溝君が撮りますか、それとも企画を没にしますか?」

 「……わかりました。私が撮影します。でも、レフ板…いえ、光を反射させる道具などがあるので補助はつけてもいいんですよね?」

 「いいえ、撮影時は横溝君一人でお願いします。この条件だけは譲れません。」

 「えっ……。わ、わかりました。それで結構ですから写真は撮らせて下さい。お願いします。」

 「はい。では了承しました。衣装も横溝君が選んで下さい。私のサイズは後でお渡しします。もちろんスタイリストさん  にアドバイスをもらうのは構いませんが、最終判断はすべて横溝君がしてください。これらもすべて勉強です。」

 「……わかりました。では日時は〇月〇日の日曜日午後2時から。事前のメイク等は追って連絡します。撮影場所   は屋上と〇階の応接室を押さえてあります。詳細は後でリポートとしてお渡しします。」

 「結構です。では、私は失礼して仕事を再開します。」

 主任は再びデスクに戻ると、相変わらず不機嫌そうに眉間にしわをよせたまま、キーを打ち始めました。眼鏡に午後の光が反射して表情は読み取れませんでしたが、何かトラブルがあったのかもしれません。

 私はその日の夕方、スタイリストさんと共に衣装を選んでいきました。スタイリストさんのアドバイスでは

 「日頃は隙の無い、硬い印象に見られがちなので、それを打ち壊す方向性にしたらどうか。具体的には


   ①エレガントタイプ。ロング/フレア―でパステル調のソフト系。
   ②セクシータイプ。体にフィットするワンピースや、レザーパンツなどのハード系。


  などがあるが、どちらがいいか?あの主任ならばどちらも着こなせると思う。」

 と、二つの候補を提示されました。私は何の迷いもなく②を選びました。もちろん①も似合うとは思いましたが、主任の好み、そして何より私の好みを最優先させました。

 そしてその帰り道、私はあるショップに立ち寄って個人的に1着ワンピースを仕入れました。

 これは完全に私の趣味を反映したものであり、同時にこれから始まる主任への支配のきっかけになりうるものでもありました……。