波風はテニスコートへ向かう途中、下駄箱で花里凛香の姿を目にした。
「よっ、花里。今帰るところか??」
波風は気軽に花里に声をかけた。
靴を履くためしゃがみ込もうとしていた凛香は動きを止めて波風を見た。
「あら、波風君。私は今から部活見学に行くところよ。」
笑顔ではあるが、少しとげのある口調で説明をする凛香。
波風は下駄箱から靴を取り出そうとしていた手を止めた。
「なあ、ひょっとしてこの前のこと、まだ怒ってる??」
凛香は波風をじーっと見てから靴を履き立ち上がる。
「何のことかな??」
不敵な笑顔を浮かべながらそう口にし、「では、私はこれから部活に行きますので。」と、あえて慇懃無礼な態度をとり、立ち去ろうとした。
凛香が背を向けると波風は慌てて声をかけ、「…待て待て。」と急いで自分も靴を履き凛香の隣に並んだ。
凛香は訝しげな表情をした後、立ち止まり諦めたように口を開く。
「はぁ。何よ、もう別にこの前のことは怒ってないわよ。」
溜め息混じりで口にする凛香はどことなく表情が柔らかくなっていた。
凛香の言葉を耳にした波風は心から「マジか!!良かった~。」と安堵の声を上げ「じゃー改めてよろしくな!!」と凛香に笑顔を向けた。
波風に笑顔を向けられた凛香は少し恥ずかしくなり「よ、よろしく。」と口を尖らせ照れながら口にした。。
入学式の日と違って凛香の表情が豊かで波風は嬉しかったが、何より面白く思っていた。
(こいつの照れ隠しは可愛いな。)
波風がそんなことを考えてしまう程に凛香は考えていることが顔に出やすい。
「あんた、恥ずかしげもなくよくあんなこと言えるわね。」
昇降口を出て少し歩くと、静かだった凛香が声を潜め口を開いた。
「あんなことって??よろしくって言ったこと??」
「そう!!」
まだ恥ずかしいのか、凛香は顔を赤らめている。
「いや、まあ挨拶みたいなもんだから恥ずかしくはないな。」
波風は他愛もなく口にしてしまう。
「そういや花里は何の部活をするつもりなんだ??」
波風が凛香に尋ねると「波風君と同じテニス部よ。」
凛香は波風が肩に掛けていたラケットを見ながら答えた。
「あーだから歩く方面が一緒なのか。花里は中学でテニス部だったの??」
波風が凛香に尋ねると、春らしい肌に心地よい風が吹いた。
凛香は長い髪を手で抑え、流れる髪を耳にかけながら答える。
「そうよ。中学時代はテニス部だったわ。そういう波風君も中学でテニス部だったの??」
春の風が気持ちいいのか、凛香は目を細め笑顔を見せていた。
凛香の言葉は聞こえていたが、波風は凛香の何気ないその仕草に一瞬言葉を失う。
入学式前に桜並木で目にした光景と重なったからである。
綺麗、とさえ無意識に思ってしまっていた。
「ちょっと、波風君??なに無視してるのよ。」
ぶすっとした凛香に脇腹をつつかれ、ようやく我に返った。
「あ、あぁ。スマン。オレは中学では無所属。つまり帰宅部だな。」
波風は何とか明るく答える。
「ふぅん。いかにも運動やってそうな体型っぽいんだけどな。ここのテニス部、ここらの地区じゃなかなか強いみたいだけど、大丈夫なの??」
凛香のからかうような口調。
「まー大丈夫でしょ。オレ運動出来るほうだし。」
凛香はからかうような目つきで「へぇ。」と頷いた。
たわいの無い会話をしていると、少し先にテニスコートが見えてきた。
同時に波風は凛香に聞きたいことがあったことを思い出した。
「花里、1つ聞きたいことがあったんだ。」
花里はテニスコートを眺めながら「何??」と返す。
「この前、一緒に歩いていた男の子は花里の弟…だよな??」
「そうよ、弟よ。」
前を見たまま話しているので顔は見えないが、凛香は少しだけ優しい声になっていた。
「私の子供ではないから。」と嫌味っぽく付け加えた。
「ははは…。いやぁ、年も離れてるし、接し方もなんかそれっぽかったからな。」波風はばつが悪そうに説明をした。
「だから、『お母さん』なんて言ってしまいました…。」
凛香は勢い良く波風を見ると「あたしがそんな年に見える!?前にも言ったけど、あたしはまだ15歳なの、15!!」
「いや、だから『若くて綺麗なお母さん』って言ったでしょ。その言葉の通り本当に若いお母さんだなと思ったんだよ。」
その言葉を聞いた凛香は先程までの勢いがなくなり、「そんなお世辞みたいな言葉、わざわざ付け加えなくていいわよ…。」と俯き加減に言った。
波風は凛香の反応に気付く。
(また照れてるのかな??)
そう思い、凛香の顔をじーっと見つめた。
凛香はなかなか顔を上げようとせず、地面を見ながら歩く。
凛香の行動を見つめる波風は面白がっていた顔から、いつの間にか穏やかな顔つきに変わっていた。
「おい、花里。」
顔を上げ、波風を見る凛香。
「若いって言ったのも、綺麗って言ったのもお世辞じゃねぇから。」
笑顔で波風は言う。
「ありゃ、えいち君、来てないじゃん。」
突然、波風はテニスコートを見ながら独り言を口にした。
「なら帰るか。」
「花里、顧問来てないし、今日はオレ帰るわ。部活頑張れよ!!」そう言い残し、波風は颯爽と去っていった。
呆然とする凛香の顔は真っ赤であった。
言いたいことを言って立ち去った波風を思い出すと本当に恥ずかしくなる。
「大人のお世辞ならまだわかるわ。けど、同い年の15歳の男子よ!?若いって同い年のあたしに言うのもおかしいし!!」
凛香は気を紛らわせようと独り言を呟いていた。
凛香は思い出す。
「でも本当に綺麗に見えたのかな。」
そう口にするとくすぐったくはあるが、嬉しさが自然とこみ上げてきた。
その日の夜、風見が波風のアパートに来ていた。
「じゃぁ、結局部活は行かなかったんだ。」
「そっ、だから明日から行くわ。えいち君とも会っときたいしさ。明日はリューも行くだろ??」
「おう、明日からは行くぜ。」
素振りをする波風とゲームをやる風見は淡々と話していた。
「そういや、今日は家の手伝いだったの??」
波風はふと思い出しことを尋ねた。
「いや、椿と会う予定があったんだ。」
「あぁ、椿ちゃんね。それでか。相変わらず仲良しで羨ましいなぁ。」
からかう波風に対し風見は「だろ??」と振り返り、ふざけた顔を見せた。
「まぁ、椿とは何だかんだで付き合いも長いしな。」
と、風見は改めて確認をするかのように話した。
「多分、今の関係は変わんねぇだろうな。」
そう何気なく話す風見を波風は羨ましく思った。
風見はとにかく白石椿(しらいし・つばき)に対し一途であり、椿の話をすると表情が柔らかくなるなぁ、と波風は思っていた。
―大切なものは自分より大切にする―
それが風見の性格の特徴であり、波風が最も尊敬しているところである。
そんな風見の性格を波風は好きであった。
まぁ風見自身はそんなことを主張したり意識したことはないのだが…。
この2人はお互いの性格を理解し、良い部分も悪い部分も知っている。
悪い部分を含めて相手の性格を受け入れられる。
それが出来なければただの『友達』であり、決して『親友』とは言えない関係に波風と風見はなっていただろう。
それが容易に出来てしまったからこその関係が今の2人であった。
ゲームをしていた風見が手を止め、波風に話しかけた。
「いつの間にか、こんな時間でした。遅くまで悪かったな。」そう言うと立ち上がり玄関に向かった。
波風も玄関に向かって「ははは、また来いよ。1人は寂しいからな。」と、白い歯を見せながら笑った。
風見は表情を緩め「ん、じゃな。」と言うと波風のアパートを後にした。
波風は素振りをしていたラケットを片付け背伸びをする。
「さてと、シャワーを浴びて寝ますかね。」
こうして長いようで短い1日が終わりを迎えた。

白ネコ 外界への憧れ