「何で気付かなかったのよ、あいつ…。」

花里凛香は独り言のように呟き、弟の優輝(ゆうき)と家に向かう。

優輝は姉の独り言を不思議に思いながら凛香の顔を見ていた。
それに気付いた凛香は穏やかな顔で優輝に言う。
「どうしたの、優輝。」
先程、波風に見せた顔とは正反対であった。

「お姉ちゃん、元気ないの??」
幼いからこそ気を遣わない、正直な質問だった。


花里家の両親は自営業で家にいることはほとんどなく、凛香と優輝の2人っきりが多い。
そのため優輝は両親よりも凛香に懐いており、凛香のことが好きであった。

凛香にした質問も優輝が凛香の表情に気付き、子供ながらに心配したからのものであった。


凛香はしゃがんで目線を合わせると「そんなことないよ。どうして??」と優輝の頭をなでた。

「さっきお兄ちゃんに会ってから元気ないよ??」
優輝がそう言うと凛香は少し苦い顔をしつつ、「そんなことないよ。さっきのお兄ちゃんはね、お姉ちゃんのお友達なの。」と優輝に説明をした。

「そうなの??」
よくわかってはいないようだが、少しだけ理解出来た優輝は凛香に笑顔をむけた。
それに応じるように凛香も笑顔を見せ立ち上がった。
「じゃーお家に帰ったらおやつにしよっか。」

凛香は優輝の手を取り、家に向かった。


優輝と手を繋いで歩く凛香は波風とのやり取りを思い出しながら歩いた。

「言動の一つ一つが恥ずかしいのよ、あいつは…。」
顔を赤らめぼそりと呟く凛香を優輝はまた不思議そうに見上げていた。



入学して3日目の今日から授業や部活も始まる。

まだ入学したばかりの新入生。そのせいか1年生の教室前の廊下は2年生、3年生の階と比べるとやけに静かであった。

波風のいる1年A組もその中の1つであった。
各科目担当の先生が授業の方針等を簡単に説明すると、それからは淡々と授業が進められ、ほとんどの生徒が真面目そうに先生の話を聞いている。
しかし風見を含めたごく一部の生徒は教科書を机に出してはいるものの、開始15分ですでに熟睡していた…。

そんな風見とは反対に、波風はクラスメートの誰よりも真面目に授業に取り組んでいた。
教科書にラインをひき、ノートに書き込み、授業中に理解しようと熱心にやっている。

午前中の授業が終わり、波風と風見は教室で弁当を食べていた。
波風は自前の弁当、風見はコンビニ弁当。
風見は波風のおかずをつまんではよく「うまいな。」などと口にしていた。

昼食をとり終えた2人は他愛のない会話をしていた。

「リューは授業が始まるとすぐ寝ていたな。」
波風が笑いながら風見に言うと「大体の教師陣が授業の最初に成績の付け方と授業方針を話すからな。後は春の陽気に身を任せただけだ。」とふざけた口調で答えた。

「そういう翔はさ、授業すんげぇ真面目にやってるんだな。中学違うから知らなかったわ。」風見は授業中に思ったことを口にした。

「ん??そうかな。まあ確かに真面目にはやってるよ。だって今覚えちゃえば家でそんなに勉強しないで済むだろ??」

「ふむ、そんなもんか。」妙に納得した顔を風見はしていた。

そんな風見を見ながら波風は思った。
(リューの場合、教科書読めば点数取れちゃうらしいからなぁ。)と風見のことを見つつ、波風は少し羨ましく思った。


風見は不真面目そうではあるが、勉強はきちんとこなすタイプであり、頭は非常に良かった。

教科書を読めばある程度覚えて理解できてしまう、偶に存在する人間だ。

だから、中学時代の教師陣もとやかく言う人は少なく、「寝るなー。」と軽く注意するくらいであった。


風見と比べると波風は典型的な努力型であり、何事にも真面目に取り組む青年だ。

2人は取り組む姿勢が反対ではあるが、やることはしっかりとこなす。

そういった部分の価値観が同じであり、何よりもお互いを尊重し合っていた。


1日の授業が全て終了し、波風は部活に向かおうとした。

波風と風見はテニス部に入部すると決めていたので、波風が風見に声をかけようとすると、逆に風見が波風に声をかけてきた。

「翔、スマン。言い忘れていたが今日だけは都合が悪いから部活に行けん。」と手を合わせて謝ってきた。
そんな風見に対し波風は「ん、わかった。まだ仮入部期間だし、気にすんなよ。」と言うと、風見は「じゃ。」と一言だけ残し、颯爽と教室を出ていった。

波風は風見の後ろ姿を見送った後「さてと行くかな。」と呟き、教室を後にした。

ど素人の小説-20090301160319.jpg

白ネコ  ヒョコ
高校の入学式はまだ始まって間もないが、こういった式はどこも同じだ。ほとんどの生徒が話など聞いていない。波風翔(なみかぜ・かける)もその内の一人であった。

話など初めの1分程しか聞いていない。と、いうよりみんな言っていることが同じだから聞く必要は無いに等しい。

長い、長すぎる、いい加減尻が痛くなってきた。入学式だというのに、波風はそんなことしか考えていなかった。


長い長い入学式が終わりを迎え、生徒が教室へ向かう途中、波風は声をかけられた。

「おっさん達はどうしてああもだらだら話すんだろな。」風見流真(かざみ・りゅうま)であった。

「さぁな、話を聞いてもらう機会があまりないとか??」波風は考え込むように腕を組み言った。

「やはりあの年になると家では構ってもらえないのかね~…」風見は妙に切なげに、遠くを眺めるようにしてぼやいた。


波風と風見は中学校は違うが小学校からの知り合いで、お互い口にはしないが親友と言える仲だろう。

お互いを理解し合った関係と言える。


教室に入ると入学したばかりにも関わらず生徒達は喧騒と言える程に話し合っていた。
中学の知り合い、中学時代の部活の対戦相手、初めて会う人への自己紹介等と騒がしくなる理由はいくつもある。

波風と風見は窓際にある風見の席に着き、その教室内でも淡々と会話をしていた。
周りとは違って少し落ち着いた会話。今この教室内においては異質とも言える。


風見は少し変わり者で自ら友達を作るようなことはしない。と、いうより"友達を作る"という行為に必要性を感じていない。だから、周りの連中と会話をしようとも会話をしたいとも特に思わず、自ら声をかけることもあまりしない。必要な時に話すだけだ。


まあ、彼自身が元から無口だからではあるが。



「リュー、そういや部屋の整理手伝ってくれてサンキュな。かなり助かったよ。」

頬杖をついていた風見はそのまま窓の外を見ながら答える。
「ん??ああ、あんなの気にすんなよ。暇だったんだしさ。」本当に何も気にしていないことを表すような口調であった。

「まーこれからはあそこに相当世話になるつもりだから。」波風の方を振り向き、ニヤリと笑いながら風見は言った。


波風は学校が始まる1週間前にこの街に引っ越してきた。今、彼はそのためにアパートで一人暮らしなのである。

彼の実家は本来隣街にあり、小学校の時ある理由でこの街に来ていた。中学校は地元の学校に通っていたのだが、この高校に通うためまた戻ってきたというわけだ。


「はは、おう。いつでも来い。オレ以外には誰もいないんだから気にすんなよ。」波風は笑顔で応えた。


しばらくすると担任が教室に入ってきた。これからのことについて簡単に説明をして自己紹介に移った。

1人2人と次々と自己紹介が終わり、「風見流真です。よろしく。」と、風見の簡単な挨拶が終わる。

何人か挨拶を終え、「波風翔です。趣味はテニスです。これからよろしく願います。」と波風も丁寧ではあるが単調な挨拶を済ませた。

男子が終わり、女子の自己紹介に入った。数人の花がありそうで実はぱっとしない自己紹介が終わり、ある女子の番になった。

「花里凛香です。」
波風は花里のきびきびとした移動や自己紹介を見ていて、(凛というか殺伐??)などと思っていると、花里と目が合った。睨まれている…。

「年は15歳です。よろしくお願いします。」しかも目が合うと同時に年齢を強調していた。実にあからさまだ。

そして自己紹介が終わると再び鋭い視線を波風に向け、彼女は席に戻った。


クラス全員の自己紹介が終了し、今日の学校は終わりとなり放課後を迎えた。

放課後になり荷物をまとめる風見の席へ波風がやってきた。
波風が風見に話しかけようとすると「なんかさっきの自己紹介で花里のやつ、お前のこと睨んでなかった??」と先程のことを風見は波風に尋ねた。

「何、リューはあの娘のこと知ってるの??」波風は聞き返した。
「ん??知り合いっていうほどでもないけど、同じ中学だからな。で、お前こそ知り合い??」そう風見は質問した。

「んー、さっきから考えてはいるんだけど、わかんないんだよな。知り合いではないけど、どこかで見たような気もするんだな。」波風は窓から見える桜並木を眺めながら、思い出すようにして言った。

「まあ、考えてもわからん時はわからんさ。帰ろうぜ。」そう風見に諭された波風は「おう」と一言返事をし、2人は誰もいない教室を後にした。

新入生の部活動参加は明後日から始まる。そのため2人は早々と家に向かった。

「じゃーオレは家の手伝いがあるから、お別れな。」そう言い残し風見は手をひらひらと振りながら歩いていった。

風見の家はこの街ではそれなりに大きい寺で、昔から親に頼まれた時は敷地内の掃除をよくやっている。
習慣であり、本人も面倒臭いとよく言ってはいるが、なんだかんだで仕事をこなしている。


風見と別れた波風はそのまま家に向かった。これからのことを考えながらぼーっと歩く。

いつの間にか家の前の道を歩いていた。するとすぐ先に笑顔で歩く若い親子の姿を見た。

波風が親子を見ていると母親と目が合った。瞬間、顔をしかめ睨まれる。

(ん??デジャヴ??)

波風はそんなことを考えていた。








入学式の1週間前に波風は今住んでいるアパートに越してきた。
荷物の整理などを風見も手伝い、予想していたよりも早く部屋を整理できた。

「時間が出来たからちょっと散歩してくるわ。リューはどうする??ここにいる??」だらだらとしている風見に声をかける。
「んーじゃー昼寝して留守番してるわ。」


波風はこれから通う高校までの道を歩いた。歩いて15分。短い距離だ。

学校の前の一本道は桜並木になっており、春のこの時期は非常に見ごたえがある。

波風は桜並木に見とれて上を見ながら歩く。前に見たのは何年も前であった。

桜を見ているといつかの記憶が蘇り、切ない気持ちがこみ上げてくる。

しんみりとした気分に気がつき、波風が前を見て歩き出す。

すると前方にヨタヨタと走る小さな男の子を捕まえて笑顔で抱きしめる母親と男の子の姿が目に入った。

明るく子供に笑いかけ愛情を振りまく。
それに応えるように男の子も笑いかける。
風に髪がなびき、同時に桜が舞い散り舞い上がる。

波風は立ち止まりその親子に見とれていた。というより母親の笑顔に見惚れていた。

(まだかなり若いお母さんだな)
そんなことを思っていると母親が立ち上がり波風の視線に気付いた。

数秒の間、目が合った。

母親は慌てて目線をそらし、再び歩き出した。

波風もまた歩き出し、2人がすれ違う瞬間、母親はきっと睨むような目つきで波風を見た。波風は睨まれる理由がわからなかったが、何となく軽く会釈をした。

母親はそれを見ると少し頬を赤らめながら去っていった。








睨まれながらも波風は母親のことを見る。

黒くて長い髪。前髪は丁寧に眉の下で整えられており、清楚な感じだ。顔立ちもまだかなり若く見える。

(……。若く見えると言うより実際かなり若いな。)と波風は心の中で考えてしまう。

すると、母親はまだ幼い子供の手を引きながら、波風に近づいてきた。

波風ははっとして、(少し感じ悪かったかな??)と自分が見すぎていたことに反省した。

親子は波風の目の前まできた。波風は相手は自分に言いたいことがありそうだ、と判断し口を開いた。

「すみません。若くて綺麗なお母さんだったので、つい目で追ってしまいました。」そう本心とお世辞を含め頭を下げた。

しかし、実際に近くで見る母親は、本当に綺麗な顔立ちをしていた。

波風が少し見とれていると今度は母親が口を開いた。

「若いって波風君と同い年なんだけど。」そう口にする女の子は顔をそらせ頬を赤らめている。

(同い年??ってか知り合いなの??)
波風が頭の中で必死に考える。

「ちょっと、まだわかんないの??」語気を強めて女の子は言うと、手首にかけていたヘアーゴムで髪を束ねた。

どう??と言わんばかりに波風を見上げてくる。

思考する波風。何となく思い出せそうな…、と思いながら目の前にいる女の子を見つめる。

女の子はさらに頬を赤らめて「星和高校1年A組花里凛香!!」と名前を口にした。

その瞬間波風は口をぽかんと開けてから「あぁ~」と納得したような声を上げた。

波風は入学式前に目にした人物と目の前にいる人物がクラスメートだと、ようやく理解した。

「本当に忘れてたの??」花里は少し伺うような、それでいて心配するような目で波風を見上げた。

波風は花里の反応に気付き、正直に言った。「自己紹介の後に何か見覚えがあるなとは思っていたんだ。」

目を細め、穏やかに波風は話を続ける。
「でもさ、学校で見る花里と比べて入学式前に桜並木でみた花里、それに今見る花里は雰囲気が違いすぎてさ。」

そして、頭をかきながらはにかみ、付け加えた。「今はこんなに笑顔なのに、学校じゃすんげぇツンツンしてて、まったくわからんかった!!」

波風がそう言い切ると、花里は口をとがらせ、ふてくされながら「何よ、結局わかんなかったんじゃない。」と、ぼそりと呟いた。

そんな花里を察して、「学校でもそのくらい表情豊かにな!!」と、白い歯を見せながら波風は花里に笑いかけ手を差し出した。

「う、うるさいわね!!」少しでも言い返してやろうと花里は口にするが、波風が笑顔のまま手を出し続けているので、渋々波風と握手した。

(正直、嬉しい気もするけど恥ずかしいよ…。)
そう思いながら「よろしく…。」と呟くように花里は口にした。


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