東京回想、東京都内の消えた学校。
新制の都立高校の次の学校である。
機械的に区の順番で進めていく。
墨田区の消えた高校である。
次は都立墨田川高等学校堤校舎である。
(統合された定時制高校の場合、統合された新しい学校のある区のところに書いていく。)

【学校名】
都立墨田川商業高等学校堤校舎。

【統合時の所在地】
墨田区堤通2-15。

【消滅年】
2003年。

【消滅事由】
閉校のため。

【統合後の後継校】
都立墨田川高等学校。

【学校の歴史】
簡単に歴史を説明。

1985年 団塊ジュニア向けの分校を墨田川高等学校に創設決定。
1986年 墨田川高校堤校舎を創設。深川商業高校内に間借りする。
1987年 墨田区堤通の新校舎へ移転。
2003年 閉校。
2003年-2006年 忍岡高校の大規模改修工事に伴う一時移転先として利用。

【跡地利用】
未定。

【コメント】
東京回想・消えた学校。
墨田区の都立高校である。
次は、都立墨田川高等学校堤校舎である。

Wikiにあった「東京都高等学校の廃校一覧」を参照して進める。

墨田川高校のサイトの沿革やwiki等を参考にして進める。

簡単に歴史に触れる。

第二次ベビーブーマー、つまり団塊ジュニアが一斉に高校進学する段階で、受け入れる受け皿を作るためにできた学校。
1985年に設立が決まり、1986年に創設。
一年間は深川商業高校に間借りの後、1987年に完成した新校舎に移転。
18年間存在した後、2003年に廃校となったようだ。

その後も、後者は改装する忍が岡高校が移転してそのまま3年間使用したとのこと。

場所は、隅田川のほとり。
防災拠点の外側、水神大橋の南側で、木母寺の隣である。
(この場所だったら、木造の構造物は禁止だったのかもしれない。)

確かに、「墨田川高校堤校舎」の名に恥じないロケーションである。

歴史的にはわずかな期間しか存在しなかった学校になる。
卒業生たちは、東京の街で、さまざまな役割を今担っているはずである。