万里の長城、故宮、天安門広場、円明園をこの2日で飛ばしてみてきました。とにかく規模です。ありとあらゆる国の建造物に比べて、規模が大きい。中国の王朝の権威や、中国文化の偉大さを感じます。特に幾重にも重なる万里の長城はその景色、構造といいすばらしいものです。登山部で鍛えたはずの体力が落ちていることを実感です。でも、青空と、そこに向かって続く城は本当に美しい。観光のみにとどまりたくないとしても、いつかは見ておくべき美しさのように思います。


町の様子は日本と変わりません。資本主義が入って色のない風景を作り出しています。でも、それが面白いものでなくても、旅の目的は楽しんで感動することより、あるがままの世界を見たいというほうが強いので、中国はそういう意味で見てよかった、特に首都に関してはそう思います。あるがままの世界を受け入れて自分なりの世界の縮図を作る。それで十分です。


首都とはいえ、安い食堂に行くときや、観光地のちょっと裏側には、悲しい中国の貧しい側面が見えます。ほかの文化圏なら文化の違いとして受け入れられるところも、日本と生活様式が似ているぶん、貧しさを感じます。


北京は都会すぎます。旅するには寂しいです。明日には西安に移動です。ネットの時間規制もあるのでこの辺で。早く中央アジアに行きたい。観光地でないほうが面白いということを知っている分、早く出たいけど電車がないです。今日も1日歩いて疲れました。また元気なときに書きます。




昨日中国上陸しました、2日に渡る船旅は長いけど、いろんな人に出会えます。自分と同じようにユーラシア大陸横断者もいました。そんなように、彼らと同様、ちょっとずつ人生のレールを離れているのかもしれません。
中国人ばかりの船ですが、欧米人旅人を始め、みんなで楽しめます。そして、船のデッキで離島や青空や海が非常に美しいものです。
バックパッカーの集まりは深い話を聞けます。多くの人はエリートであっても何か理由があって人生のレールをはなれる、その社会の裏の側面を多く聞けました。
そして、おりてからも中国語の中でわけわからない僕を中国人が助けてくれて、交通費なども出してくれます。彼らの優しさにこれまで多く助けられてけたし、これからもそうでしょう。自分がいくら頑張っても他人の助けが必要であることを実感させられるのもやはり旅なのです。
中国は言葉が話せないと大変です。おそらく、エチオピアとかパレスチナより英語が使えないという点で一番つらいです。で、電車のチケットも困難。中国は夏休みらしく、全然空きがない、早く中国を出たいのに、次の西安に行くのは3日後、で、カザフスタンビザ申請も当日もらえるはずが3日後、だからカザフスタンビザをとるためにウルムチで4日ぐらい滞在です。旅は大変。
北京にいる限り、観光から離れられないけど、中国は偉大です。故宮の大きさ、天安門広場といい、期待以上のものでした。そして、このまま陸路で西に向かうとそうした文明の変遷が見え、果てにはヨーロッパになるとなると面白いです。そして、インドや中東を回想して、世界の文化の異なり方を面白く思います。
安宿生活が始まりました、一泊350円で一食100円で暮らしてます。そういうことはつらいけど、もう何もかもから解放されたようです。日常の些細なことなどどうでもいい、とにかく生きていればいい、単純です。

なんかあたりさわりのない旅の文章です、だって朝6時からずっと歩き続けて頭が回りません。明日も観光です、万里の長城です。早く辺境と人々の貧困とかを見たいのですが、電車のチケットです。
なかなかネットにありつけないのであんまりかけないかもですが、たまにみてください。


iPhoneからの投稿

もうだいぶ準備を終わってあと一日です。


旅とは、見知らぬ土地に行くっていうのは、潜在的な恐怖との戦いだなって思います。


ある街に着くバスに乗って、バスターミナルでもなく地図に載っているかわからない町に下ろされる、そしてそこは大都市でなければ、英語すら通じない、頼れる人はいない。いたとしても、ぼったくりや客引きについていけば、なんとか宿はあるというくらい。バスでも、飛行機でもそうした旅の怖さ、そうしたものが常に付きまとう。


けどさ、そうした人のどうすることもできない怖さは、極端にまで人をもろくします。だからこそ、その日、夕方宿に無事辿り着くと、そこで出会った人に僕は心を打ち明けるのでしょう。(一人称は俺ではなく、旅に出ている間僕を使います。ありとあらゆるものに対し、自分が「俺」と強がるほど自分は強くありません。)そして、その町の一番美しい風景、そして夕陽に旅情を感じ、時には涙を流すのでしょう。


だから、人は旅で感動できるのだと思います。そして、生きているっていう感情を持ち続けることができるのでしょう。


それは、少なからず、この弱い自分を強くしている装置なのかもしれません。人と出会い、美しいものに感動することに意味がないとは思いません。そして、観光客など誰も来ないような街で、僕に興味を持って接してくれる人々の親切さに心を打たれます。


夏がきました。一人ひとりの「夏」があるなかで、自分は旅を選びました。いつも言うように多くの選択肢を捨てて。


ただ、人生において、一度は外の世界を見る時期があってもいいんじゃないかと。


いろいろな心理状態が倒錯して、こういう文章になりました。


旅でも、明るい文体の自分、こうした文体の自分が出てくると思います。今の気持ちに素直に文章を書きたいなって思います。旅で、昼間から酒を飲んでる自分もいれば、いつまでも夕陽を見つめている自分もいて、現地人に付き合わされて踊っている自分もいます。


さて、いよいよですね!多くの感動、多くの出会い、多くの倒錯、多くの文化、多くの楽しみに出会える最後の旅!ドキドキです。わくわくします!そして、世界を見てきます!なんだかんだ悩んでも、楽しみです笑だって一日1つ何かに感動できる。


ではこの辺で。次の日記は異国から!