大妻籠~馬籠j宿~落合宿~中津川宿


いよいよ大妻籠を出て馬籠峠越えです。

雨は上がってきましたが、天気予報の午後からの晴天は望み薄です。

雲り空の庚申塚で一休みして、ぶるっと身を震わせて山道に入ります。


            黄落や馬籠の道の岩畳





幾山河越えて


大妻籠の集落から更に上って、一里塚を兼ねた庚申塚で一休みして先を急ぎます。


幾山河越えて


国道に出てすぐ左手の石畳の旧道の山道に入ります。


幾山河越えて


倉橋祖霊社と碑


幾山河越えて


この山道にも熊除けの鐘が設置されています。思い切り数度鳴らして上ります。


幾山河越えて

沢に下りる道を行くと男滝の前に出ます。右のほうに女滝が見えます。


幾山河越えて


一石栃沢の女滝。 吉川英治「宮本武蔵」のお通と武蔵の出会いの「男垂の滝」です。


幾山河越えて


滝から上がってくると懸崖造りの建物があります。・・・・・


幾山河越えて


営業をやめた滝見茶屋でした。


幾山河越えて


舗装道路から木橋を渡って旧道を辿ります。


幾山河越えて


明治天皇行幸記念碑


幾山河越えて


一石栃の岩畳の薄暗い山道の中山道を上って行きます。


幾山河越えて

周囲5.5m高さ41mのサワラの木
幾山河越えて


山城の食い違いのような感じの坂道を抜けると・・・・・・・・・・


幾山河越えて


真正面に立場茶屋の牧野家があり、右手前には尾張藩の白木改番所跡です。


幾山河越えて

一石栃の白木改番所跡

幾山河越えて

いろいろお話を伺いそして」帽子を被った姿が何ともいい雰囲気のスタイルですので写真を撮らせていただきました。どうしてどうして旅人にとって、なかなか人気のある人の様です。


幾山河越えて




ストーブの上でちんちん沸いている鉄瓶の湯の温かなお茶をご馳走になりました。


幾山河越えて


立場茶屋のおじさんがひとしきりいろいろと周辺の案内してくれます。

訪れる人の書いた何冊も綴じた書き込みのノートは大半が外国人の書き込みです。

多くの外国の人もてくてくしているのですねぇ。ここから15分で馬籠峠、そこから先は舗装道路との事。


幾山河越えて


馬籠峠

白雲や青葉若葉の三十里    子規句碑



幾山河越えて

馬籠峠から下ると、そこは峠の集落

幾山河越えて

静かなたたずまいの峠の集落。妻籠宿と馬籠宿との間の宿で、古い町並みが残されています。
幾山河越えて


「峠之御頭頌徳碑」 峠の集落は輸送を担う牛方が多くいたところで、安政三年待遇改善の争議があり牛行司の利三郎を青山半蔵が助けて解決した実際に起こった事件です。

「夜明け前」にでてくる青山半蔵は藤村の実父の正樹です。


幾山河越えて


夫婦地蔵


幾山河越えて

水車の塚   山家にありて水にうもれたる峰屋の家族四人の記念に島崎藤村記すとあります。


幾山河越えて

水車の塚記念碑


幾山河越えて


     渋皮のむけし女は見えねども

              栗のこはめしここの名物     十辺舎一九


幾山河越えて


岩畳の道を下ります。


幾山河越えて

陣場跡から恵那山


幾山河越えて


真正面にどしりした恵那山が有るのですが、雲に殆ど隠れてしまっています。藤村の文学碑や父正樹の碑、中津川との馬籠合併の由来などの碑が並んでいます。


幾山河越えて

馬籠宿入口


幾山河越えて


高札場跡からは馬籠宿内になります。道なりに・・・・・・また江戸時代の散策をどうぞ・・・・・・!


幾山河越えて


幾山河越えて


幾山河越えて


幾山河越えて


幾山河越えて


幾山河越えて


幾山河越えて


幾山河越えて

この枡形を過ぎると馬籠宿を抜けます。

幾山河越えて


馬籠宿から県道を越えると「山の中とは言いながら広い空は恵那山の麓の方に開けて美濃の平野を望む事の出来る位置にある・・・・(夜明け前より) 広々とした風景は山の中や谷底を歩いてきた今までに無い光景です。


幾山河越えて


馬籠城址の碑


幾山河越えて

島崎翁記念碑 島崎藤村の父、正樹を記念する碑で明治45年に諏訪神社内に建てられたものです。
幾山河越えて

荒町の集落



幾山河越えて

逆光で碑の後方の景色が飛んで真っ白ですが、綺麗な山並みを望めるこの小公園には・・・子規碑・・・


           桑のみの木曽路を出ずれば麦穂かな

幾山河越えて


西日の射す新茶屋の集落まで下りてきました。


幾山河越えて


夕日を浴びる新茶屋  この前に芭蕉の句碑と藤村の揮毫の「是より北木曽路」の碑がたっています。


幾山河越えて

新茶屋一里塚跡 


幾山河越えて


新茶屋一里塚は信濃国と美濃国の国境でもあります。一里塚の脇に国境の石柱がたてられています。


幾山河越えて


          送られつ送りつ果ては木曾の穐    芭蕉句碑


           裏面には天保十三年(1842)水無月建之 哀梅園古狂 とある。


         楢川の句碑では 「送られつをくりつはては木曽の秋」 となっていましたねぇ。

         貞享五年(1688)八月、更科紀行の折りに木曽路で詠んだ句です。

                                

幾山河越えて


              是より北 木曽路  藤村老人


               贄川宿桜沢の 「是より南 木曽路」 の対をなす藤村揮毫の石碑です。


幾山河越えて


             新茶屋一里塚からは 是より西 美濃路 です。


     ここでは 「何となく西の空気を通ってくるようなところだ・・・」と藤村は「夜明け前」で言っています。


幾山河越えて


往時の街道の様子を絵で見る


幾山河越えて


往時の街道の様子


幾山河越えて


新茶屋から落合宿への良く整備された石畳の山道は延々と里まで続いています。


幾山河越えて


映画やテレビドラマにも良く使われる道でもあるようです。


幾山河越えて


岐阜県史跡 「中山道 落合の石畳」 の標柱が建つ落合宿からの入り口です。


幾山河越えて


眼下に落合宿の町並みが見えてきました。中津川はあの丘の先になります。


幾山河越えて


真っ赤な夕日が山の端にに沈もうとしています。日が落ちるぅ~・・・!急ぎます!


幾山河越えて


落合宿本陣跡の門は加賀の前田家から贈られた堂々として本陣其の物も立派な建物です。


幾山河越えて

善昌寺の松 昔、境内であったのが道路拡張で枝が道路に張り出してしまった。高さに注意の処置しています。

幾山河越えて


古い家並みの残る落合宿です。中津川宿への道を急ぎます。歩み行く街道の左手には恵那山が聳え、


        芭蕉句碑 ・ 山路来て何や羅游かし寿み連草


の前を抜ける頃は真っ暗になってしまいました。


幾山河越えて


満月の月明かりを頼りに中津川駅に急ぎます。


幾山河越えて


やっとこさ!・・中津川駅にたどり着きました。17:30です。へろへろです。映像までがぼけぼけです。

・・・・・・・何とか年内の木曽路の旅は終わりました。列車待ち時間に飲んだビールの旨さは表現し難し。


夜明け前思い出ふかき木曽路かな