神のはしため ルイザ・ピッカレータ
神のみ旨の小さな娘
第12巻より
1919年1月27日
イエスが御心に負った三つの致命的な傷。
いつもの状態でいると、常に愛すべきイエスが来てくださり、血の川が溢れ出る、傷だらけの尊い御心を見せてくださいました。悲しみに満ちたイエスは私にこう言われました。
「娘よ、私の心には数多くの傷がありますが、その中でも私に致命的な痛みを与え、他のすべての傷を合わせたよりも深い悲しみと苦しみをもたらす三つの傷があります。 これらは、私の愛する魂たちの苦しみです。私のために苦しみ、拷問され、打ち砕かれ、私のために最も痛ましい死さえもいとわない魂を見ると、私はまるで自分の苦しみであるかのように感じます——いや、もしかしたらそれ以上かもしれません。 ああ! 愛は、他のどんな痛みも感じられなくなるほど、最も深い傷口を開くことがあります。
愛する母が、第一の最初の傷を負いました。ああ、私の苦しみよって刺し貫かれた母の御心は、私の心に溶け込み、そのすべての痛みを鮮明に感じ取りました! 私の死のために、母が死ぬことなく死んでいくのを見て、私は母の殉教の苦しみと残酷さを自らの心に感じ、愛する母の御心が感じた私の死の苦しみを、私の心もまた共に味わい、私の心も母と共に死んだのです。 私のために苦しみ、ただ愛ゆえに苦しむすべての魂は、この傷の中に入ります。 あなた自身もこの傷の中に入るでしょう。 たとえすべての者が私を傷つけ、誰も私を愛さなかったとしても、私はあなたの中に、すべてを償うことのできる愛を見出すでしょう。それゆえ、被造物が私を追い払い、私を彼らから逃げ去らせるとき、私はすぐにあなたの中に避難し、まるで隠れ家のように身を寄せます。そして、彼らの愛ではなく、私のためだけに苦しむ私自身の愛を見出し、こう言うのです。
『私は天と地を創造し、これほど苦しんだことを後悔していません。 私を愛し、私のために苦しむ魂こそが、私のすべての喜びであり、幸せであり、私が成し遂げたすべての行いに対する報いです。』
そして、まるで他のすべてを脇に置くかのように、私は魂のうちに喜び、魂と共に戯れるのです。
しかし、この私の心の傷は、すべてを超えるほど最も痛ましいものである一方で、同時に二つの効果を含んでいます。 それは、私に激しい痛みと至高の喜び、言い表せないほどの苦味と筆舌に尽くしがたい甘美さ、痛ましい死と栄光に満ちたいのちをもたらします。これこそが、私の愛の極致であり、被造物の知性には到底理解し得ないものです。実際、私の心は、刺し貫かれた母の悲しみの中に、どれほどの多くの慰めを見出したことでしょう。
私の心の第二の致命的な傷は忘恩です。忘恩によって、被造物は私の心を閉ざし、さらに二重の鍵で自らその鍵を回します。私の心は恵みと愛を注ぎ出したいと膨らみ続けているのに、それができません。なぜなら、被造物が私の心を閉ざし、忘恩によって封印してしまったからです。そして私は錯乱状態に陥り、苦悶します。この傷が癒される望みもないままに苦しみもだえるのです。なざなら、恩知らずは私の心をますます苦しめ、私に致命的な痛みを与え続けるからです。
第三の致命的な傷は、頑なさです。これは私の心にとってなんと致命的な傷でしょうか! 頑なさとは、私が被造物のために行ったすべての善を破壊するものであり、被造物が『もはやあなたを認めませんし、あなたに属しません。』という宣言に、自ら署名するようなものです。 それは、被造物が自ら飛びこんでいく地獄の鍵です。 私の心はこの引き裂かれるような痛みを感じます。それは、ずたずたに引き裂かれ、その裂けた一つが奪われていくのを感じます。ああ、頑なさとは、なんと致命的な傷でしょうか!
娘よ、私の心の中に入り、これらの傷にあずかりなさい。苦しみに満ちた私の心を憐れんでください。共に苦しみ、共に祈りましょう。」
私はその御心の中に入りました。イエスと共に苦しみ、祈ることは、胸が張り裂けるほど痛ましく、それでいて美しいことでした。
各巻をまとめています。よろしかったらこちらもご覧ください↓
みなさんに神様の祝福がありますように![]()
■ヨハナのひとりごと■
イエスの聖心の日に、ミサにあずかることができました☆彡
主は賛美されますように!

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