三日月キャロット 2
私がタバコに火を付けてから数分後に、タクシーがタワーから十メートル離れた路肩に止まった。タクシーから、まだ11月だというのに毛皮のコートを着た女性が出てきた。
その女性は、小動物のように辺りを見回していた。料金を受け取ったはずの運転手が不機嫌な顔を露骨に表している様子から、どうやらタクシーの中には、彼女一人の手にはもてないほどの荷物があるようだった。彼女の目が私の方に向くと、彼女は元気よく手を振った。
「まーくん、こっちこっち。荷物持ってくれなーい?」
さちの笑顔が、月のスポットライトを独り占めしていた。私はタバコを路上に捨て、ひときわ目立つ格好のしたさちのもとに小走りで駆けていった。先ほど見かけた若者達が物珍しそうに彼女を見ていた。私がタクシーの側に着くと彼女は笑顔で私に喋りかけた。
「今日はいっぱいプレゼント貰っちゃった。世の中どこが不景気なんだろね」
タクシーの後部座席には花束と赤いリボンのついた箱が三つ置いてあった。
「ヤクザには不景気なんて関係ないよ」
私は後部座席の花束と豪華に装飾された箱を取り出しながら言った。タクシーの運転手が私のほうを、一瞥した。
「最近はIT系の社長さんなんかも、景気いいのよ」
「花束は自分で持ってよ」
彼女は私の目を見つめながら差し出した花束を手にとった。
「ありがとう」
彼女はまるで、私がプレゼントした様に嬉しそうな顔をして花束を抱え込んだ。
「俺があげたわけじゃないだろ」
私は彼女の真剣な顔に思わず冷たい態度を取った。彼女は舌を出して、自分の頭を小突いた。その様子がサルの様だったので私は少し笑みをこぼした。その様子を見て彼女も声をあげて笑い、私の腕を組んだ。私にとって、一番幸せな瞬間だ。
私達はキャロットタワーを背にしてマンションに向かった。下北沢と三軒茶屋を結ぶ茶沢通りは昼間の賑やかさが嘘のようにひっそりとしていた。時折、飲み屋から聞こえる笑い声が人間の存住をかろうじて、証明していた。
私の腕をしっかりと掴んでいる彼女は楽しそうに今日の客の話をしていた。私は彼女の話に半分耳を傾け、夜空の星を見ていた。一通り喋り終えた彼女も星を見ていた。彼女は暫く星を見てから、星に向かって銃を突きつける真似をした。
「もしオリオン座を打ち落としたら、どうなるかな」
狙いを付けたまま彼女は言った。
「理科の教科書が変わる」
「それだけ?」
「あとは何も変わらない、人は何も変わらず生きていくさ」
「地球で最後まで生きようと努力するのは人間だろうね」
さちはまるで空に書かれている文章を朗読するように言った。
「地球の重力が今の二倍になったら、時間の経過も二倍になるのかな?」
さちが夜空に手を広げながら言った。私は少し考えてから、言葉を発した。
「よくわからないけど、やっぱり宇宙全体で一つの時を共有しているのじゃないかな、太陽付近だけ地球よりも時間の経過速度が五倍になるってのは変じゃない?」
彼女が聞きたかったことはそんなことじゃなかったのだろうか、彼女は難しい顔をして夜空を見ていた。私は更に、自然と脳裏に浮かんだ言葉を続けた。
「たとえ、地球の重力が二倍になっても、人間は今の二倍の努力をして、今と何も変わらない生活をするさ」
「そんなの、つまんない」
そういって、彼女は私の腕を強く握り締めた。彼女の毛皮のコートが私の体半分だけを温めた。さちは何でつまらないと言ったのだろうか。人間なんてものはひ弱い生き物だとでも言えばよかったのだろうか。私はなぜか自分自身を否定されたような気がした。さちもそれを認識していたのかもしれない。そうだとしたら、それはとても残酷なことだ。
その女性は、小動物のように辺りを見回していた。料金を受け取ったはずの運転手が不機嫌な顔を露骨に表している様子から、どうやらタクシーの中には、彼女一人の手にはもてないほどの荷物があるようだった。彼女の目が私の方に向くと、彼女は元気よく手を振った。
「まーくん、こっちこっち。荷物持ってくれなーい?」
さちの笑顔が、月のスポットライトを独り占めしていた。私はタバコを路上に捨て、ひときわ目立つ格好のしたさちのもとに小走りで駆けていった。先ほど見かけた若者達が物珍しそうに彼女を見ていた。私がタクシーの側に着くと彼女は笑顔で私に喋りかけた。
「今日はいっぱいプレゼント貰っちゃった。世の中どこが不景気なんだろね」
タクシーの後部座席には花束と赤いリボンのついた箱が三つ置いてあった。
「ヤクザには不景気なんて関係ないよ」
私は後部座席の花束と豪華に装飾された箱を取り出しながら言った。タクシーの運転手が私のほうを、一瞥した。
「最近はIT系の社長さんなんかも、景気いいのよ」
「花束は自分で持ってよ」
彼女は私の目を見つめながら差し出した花束を手にとった。
「ありがとう」
彼女はまるで、私がプレゼントした様に嬉しそうな顔をして花束を抱え込んだ。
「俺があげたわけじゃないだろ」
私は彼女の真剣な顔に思わず冷たい態度を取った。彼女は舌を出して、自分の頭を小突いた。その様子がサルの様だったので私は少し笑みをこぼした。その様子を見て彼女も声をあげて笑い、私の腕を組んだ。私にとって、一番幸せな瞬間だ。
私達はキャロットタワーを背にしてマンションに向かった。下北沢と三軒茶屋を結ぶ茶沢通りは昼間の賑やかさが嘘のようにひっそりとしていた。時折、飲み屋から聞こえる笑い声が人間の存住をかろうじて、証明していた。
私の腕をしっかりと掴んでいる彼女は楽しそうに今日の客の話をしていた。私は彼女の話に半分耳を傾け、夜空の星を見ていた。一通り喋り終えた彼女も星を見ていた。彼女は暫く星を見てから、星に向かって銃を突きつける真似をした。
「もしオリオン座を打ち落としたら、どうなるかな」
狙いを付けたまま彼女は言った。
「理科の教科書が変わる」
「それだけ?」
「あとは何も変わらない、人は何も変わらず生きていくさ」
「地球で最後まで生きようと努力するのは人間だろうね」
さちはまるで空に書かれている文章を朗読するように言った。
「地球の重力が今の二倍になったら、時間の経過も二倍になるのかな?」
さちが夜空に手を広げながら言った。私は少し考えてから、言葉を発した。
「よくわからないけど、やっぱり宇宙全体で一つの時を共有しているのじゃないかな、太陽付近だけ地球よりも時間の経過速度が五倍になるってのは変じゃない?」
彼女が聞きたかったことはそんなことじゃなかったのだろうか、彼女は難しい顔をして夜空を見ていた。私は更に、自然と脳裏に浮かんだ言葉を続けた。
「たとえ、地球の重力が二倍になっても、人間は今の二倍の努力をして、今と何も変わらない生活をするさ」
「そんなの、つまんない」
そういって、彼女は私の腕を強く握り締めた。彼女の毛皮のコートが私の体半分だけを温めた。さちは何でつまらないと言ったのだろうか。人間なんてものはひ弱い生き物だとでも言えばよかったのだろうか。私はなぜか自分自身を否定されたような気がした。さちもそれを認識していたのかもしれない。そうだとしたら、それはとても残酷なことだ。