1994年に公開された映画『夏の庭』のエンディング付近を見ていると,そこまでに起こった出来事が,現実に起きたことなのか,はたまた夢だったのか,あたかも模像の分散状態へと一気に配置転換されるかのようです。
それらの模像によって生起する決定不可能の浮遊状態の中にふわふわと漂う如く置かれるのは,とっても心地のよいことで,このような余韻によって生まれる快感は,映画を視聴することの快楽の一つに他ならない,と言えます。
季節は夏です。夏は,光と影,明暗のコントラストが最も激しく,感覚のダイナミックレンジが最高潮に拡張される季節と言えます。感覚の振れ幅の度を超した広さ故に,何が現実なのか,何が夢なのかを見誤ることがあっても不思議ではないと思われます。
この映画のエンディング近くで,庭の草花が咲き乱れる中に無数の蝶が舞う様子が映し出されますが,このシーンには,強烈な既視感を覚えました。
椎名林檎さんの楽曲『ありあまる富』のPVのやはりエンディング近く,地上の草花に向けて空から多種多様なものが降り注いで来ますが,地上にぶつかると同時に跳ね返る様子が,上記の雰囲気にかなり近いのではないかと思ったのですが,実際に見比べてみると,それほど似ているわけではありませんでした。
さらにもう一つ思い出したのが,1987年に放送されたドラマ『雨月の使者』です。
麻雀の負けのかたに,他人の妹が,3日間限定で,本人の妹になるというストーリーです。こちらも,やはり朽ち果てそうなアパートや廃止された駅で繰り広げられる,現実と夢の閾があいまいになるような物語だったと記憶しています。
妹役は,おそらくはデビューしたばかりの横山めぐみさんで,白いワンピースに緑のスカーフがたいへんお似合いです。「今夜のご飯は冷や奴よ。」という台詞を何だか覚えております。その兄にされるのが杉本哲太さんとその自作の自転車「ぴゅんぴゅん丸」。
このドラマでは,月見草がキーワードになります。中島みゆきさんが歌うテーマ曲も素晴らしいです。