非常事態に脳は? | サンベール社長ブログ

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私たちの日常生活において、“恐怖”の警報がなったとすると、扁桃核はただちに脳の主要各部に緊急事態を知らせる。同時に戦ったり逃げたりするのに必要なホルモンの分泌を命じ、運動をつかさどる部分を覚醒させ、心臓血管系や筋肉や消化管の働きを活発化させる。

 

そして、扁桃核から出ている別の神経回路が緊急事態に対応しようとして、ノルエピネフリンというホルモンの分泌を促すため、脳は興奮状態になり、感覚は鋭敏になる。扁桃核からは、脳幹にも信号が送られ、表情は恐怖に凍りつき、筋肉はとりあえず必要のない動きを中断し、心臓の拍動は早くなり、血圧は上昇し、呼吸数は少なくなる。他の器官は恐怖の対象に注意を集中し、必要に応じて筋肉を動かせるよう準備に入る。大脳新皮質は思考を一時中断して過去の記憶をめくり、目の前の非常事態に関連する知識を引き出そうとする。

 

このような変化は、扁桃核が脳全体を動員する際に発するいろいろな命令のほんの一部にすぎない。

扁桃核は脳の各部と多岐にわたる神経回路でつながっているため、感情の非常事態に際して、大脳新皮質を含む脳のほぼ全体を支配下におくことができるのである。最近の研究で感情の仕組みを明らかにする重要な発見が相次いでいるが、扁桃核が感情の番人として脳全体をハイジャックできる強い立場にあることを解明してみせた研究もその中のひとつである。

 

目や耳から入ってきた感覚信号はまず視床に届き、そこからたったひとつのシナプスで扁桃核に到達する。次に、視床は同じ信号や思考をつかさどる大脳新皮質に送る。そのため、扁桃核は大脳新皮質が何層もの神経回路を通して情報を吟味、認識し反応を開始するより早く反応できるのである。

 

大脳新皮質を迂回して感情を伝える神経回路の存在が明らかになったことは、革新的な意義がある。

扁桃核へ直通ルートで伝わる感情は、私たちが抱くさまざまな感情の中でも特に原始的で強烈なものが多い。この直通ルートが存在するとなれば、感情が理性を凌駕することもうなずけるのである。

 

それまでは、目や耳などの感覚器官から入ってきた信号は視床へ送られ、そこから大脳新皮質の感覚野に転送されて事象として認識されるというのが、神経科学の通説だったのである。そして、大脳新皮質で分類され、認識され、理解された後に大脳辺縁系へ送られ、そこから脳や体の各部分にしかるべき反応が伝わっていくというわけである。

 

たしかに通常の場合、脳はそのように働く。ただ、それと並行して、視床から扁桃核へ直接つながるニューロンの小さな束が存在するのも事実である。この神経の裏小路ともいうべき回路があるおかげで、扁桃核は感覚器官から直接情報のインプットをうけ、大脳新皮質が事態を完全に把握する前に反応を開始できるのである。

 

扁桃核には私たちが日常自分でも気づかないうちに示すような感情反応のレパートリーが記憶されている。気づかないのは、視床から扁桃核につながる近道が大脳新皮質を完全に迂回しているからである。

 

最近の研究によって、私たち人間は何かを知覚する場合、最初の千分の二、三秒で対象を理解するのみならず、それに対する好き嫌いの判断まで下してしまうことが分かっている。どうやら感情は独自の知性を持っているようだ。

 

しかし、感情の知性は思考の知性と異なる結論を出すことも少なくないということを知っておかなくてはいけないのである。