人間は、自ら発電する野生とロボットのハイブリッド生命体である。

つまり、自然と人工の雑種である。

 

人は、自然の自分を受け入れて、正しいと思うことをやっているとき、気持ちがいい。

この気持ちがいいときに、発電しエネルギーが生まれている。

しかし、この「正義」という考えは同時にそれに相反するものを「悪」とする思想をはらんでいる。

生命の危機を起こすような、機能不全を起こす因子を「悪」としてとらえているのである。

だから、正義感の強い人ほど悪を許せない。

 

一方で人間の大脳は、自然に逆らうことで、自分の命を危険にさらしてでも進化しようと試みるほうに働く。

そのため大脳が優位な人ほど、自分に負荷をかけ過ぎる。

こんなとき人間は、大脳の働きが強くなり過ぎたため、生命をおびやかすような内なる他者としての大脳を受け入れ難くなり、身体に不具合が生じてくる。

これが行き過ぎると自殺する。

自然という正義が、大脳というを悪に攻撃を加えている状態である。

 

動物は恐怖心から攻撃を起こす。

つまり、やられると思ったら相手を攻撃する。

だから人間は、被害者意識を持つ者ほど攻撃的になる。

 

人間が一個人として生き生きと調和を保つには、自分の命を守りつつも、大脳の暴走を防ぎながら、ほどよく負荷をかけることが必要となる。

 

それにはまず、生命維持のために、美味しいものを食べて、有酸素で動くことによって発電する事である。

この時、重要なのは、苦しまずに食べて動くことである。無理に食べ過ぎたり、無茶な減量をしたり、過剰に急な運動をしたりすると、死をまねく。

楽しくないとエネルギーは生まれない。

 

そして新たな自己の発見のためには、柔軟体操の発想が役に立つ。

自分の好きな物事を、痛気持ちいいくらいの負荷を徐々にかけていって、怪我することなく可動域を広げることで、少しずつ新しい動きを開拓していく。

あまりにも強い負荷をかけ過ぎて、いきなり全部変えようとすると、死をまねく。

 

そしてもう一つ、嫌な自分の克服方法が、悪い因子のピンポイント攻撃である。

悪い自分を丸ごと爆撃するのではなく、ある弱点にターゲットを絞って克服する。

そうやって自分の一部分を殺すことで、全体として一人の人間の生命を維持するのである。

 

そうやってちょっとずつ進化した人間へと変身していく。

 

この発想は平和の思想にも通じる。

敵だと思う人に対して、丸ごと一個人や国を嫌うのではなく、嫌いな部分だけを見ないようにするだけでも、敵対心や攻撃力が、だいぶん落ちる。

 

という、死にたくならないし、殺したくならない方法を私の大脳が考えました。

理論上は上手くいきそうな気がする。

ゴルゴってカッコイイよね。

 

そして一番大事なことを忘れてた!

人と会う事。