
この作品には、ムヒとドラミ、二つの人格が交互に現れ、そこから作品の雰囲気がガラッと変わるんですが、今回はドラミの状態について深掘りしていきたいと思います。
ドラミの正体は、ムヒの「母親」
ドラミはムヒの内面を体現した別人格かと思っていましたが、最終話でムヒが幼少期のトラウマから作り出した、母親の記憶の投影であるというエグすぎる真相が判明しました。
母親と成長したムヒの顔が、瓜二つというのには驚きました。ムヒは母親の顔を覚えていなかったので映画の後に現れた存在を自然とドラミだと思い込んでしまったのです。
真相知るまで気づかなかったけど、ムヒの記憶?精神世界?の中の母親の服装とドラミの服装が少し似ていてよく見ると伏線なっていたんですね。私は全く予想できませんでした〜。
ドラマの中のドラミの役割とは?
ドラミは単なる奇抜なキャラクターではなく、ムヒの内面心理を可視化した装置です。
ドラミが現れることで、ムヒは無意識に抱える不安や自己否定の感情を口にしてしまい、心の防衛反応として感情を表に出したり、普段のムヒでは言えない態度や行動を取ったりします。
ホジンは多言語の翻訳は得意でも、ムヒが本当に言いたい気持ちを言葉にするのは難しく、ドラミはその難しさを可視化してくれる存在でもあり、ドラミが出てくることで、ムヒの内面の葛藤が視聴者にも明確になります。
ドラミの登場は、ムヒがトラウマや心の葛藤を整理し、愛を受け入れるまでの成長過程を描くうえで欠かせない存在となっています。
ドラミがヒロを誘惑を誘惑したのは、安全な男だったから?
単なるドラマを盛り上げるための演出と考えれることもできますが、ムヒがヒロを試すような行動を取ったのは、どんな心理的事情があるのか考察してみました。
これに関しては、最終回でほぼ答えのようなセリフがあります。
ドラミがヒロを誘惑したのは、“安全な恋愛ファンタジー”の中に身を置きたいという心の葛藤からの行動だったのかもしれません。
あったかいコーヒーでも飲んだら、すんごく幸せになっていなくなるかも。
そこに砂糖が2つ入っていたら溶けて消えちゃうかもしれないな。
このあと鐘がなれば、すごく幸せになれる
このドラミのセリフの後に、ホジンはドラミの言う通りコーヒーを買いに行きます。
ホジンがその場からいなくなると、ドラミが『期待してて、幸せになってよね。』と言い、次に目を開けたときにはムヒに戻っていました。
最初、ホジンとムヒの幸せを願って言った言葉なのかなぁと思っていましたが、ここでドラミが言う「幸せ」とは、恋の成就ではなく、“もう傷つかなくていい状態”のことだったのではないでしょうか。
このあと、ヒロとムヒが対面して、戻ってきたホジンが2人を目撃しちゃうんだけど、これは、ムヒの心を守るために用意した仮の幸せに移行するためにドラミが意図的に作った状況だと、私なりに解釈しました。
また、ホジンがこの状況をみてどう行動するか、気持ちを試すような側面もちょっとあったのかもしれないですね。

ここで2話に遡ります。ホジンの家で実質的に振られたあと、ムヒは「大丈夫。目をつぶって開けたらなかったことになる。」的なことを言って目を閉じますが、その直後、場面は突然、東京国際映画祭へと切り替わります。
今思えば、時間が飛んだわけではなく、空白の時間をドラミがムヒの代わりに過ごしていたという伏線がすでに貼られてたんですね。
ムヒは、そこに現れた幻想のドラミに押し倒され、次に目を開けると、倒れそうなところをヒロに抱き止められていました。
まさに、物語でピンチのときにタイミング良くあらわれる理想の王子様&ハッピーエンドが約束されたような完璧なシュチュエーション。
この光景を見た『ロマンティックトリップ』の番組スタッフがムヒに興味を持ち、番組にオファーしたので、この出会いは、ある意味ドラミのおかげなんですよね。
そして、恋愛リアリティ番組は裏を返せば、恋してる気分だけ味わえる、でも本気で傷つかなくていい、ハッピーエンドが約束されているという条件を満たしており、“安全な恋の箱庭”の象徴だったのではないでしょうか。
ヒロとムヒが俳優というのもポイントで、恋に落ちることも、ときめくことも、現実ではなく“物語”として演じることができる。ムヒにとって心を守りながら恋を楽しむ理想の組み合わせだったのでは…。

ドラミの存在は、実は長い間ムヒの中に潜んでいた?
1話にちょっと気になるシーンがあるんだけど、日本で、エイコに『映画のヒロインみたいに不幸をたくさん背負っている人』っていわれて『今、誰の話してるんですか?』→『あなたよ』って言われるシーン。
ムヒは、その意味を理解出来ず、自覚がない様子なのが、妙に引っかかったんだけど、ムヒの中に以前から別人格のような存在があり、過去の恋愛や行動に無意識に影響を与えていたことを示唆しているように思えます。
じゃあ、なぜ突然ドラミの幻が見えるようになったんだよってことになるんだけど、ひとつ考えられるのは、ムヒは長い間“仮の幸せ”の中に生きてきたためです。
ムヒは心を守るために事件の記憶は封じていますが、幼い頃、母親から受けた「幸せになれない」という洗脳のような刷り込みが、ムヒの心の土台を形づくっています。
しかし、これまで祝福されたり愛される経験が乏しかったため、心の奥底の不安は表に出ることなくうまく封じ込められていたのでしょう。
思いがけず幸せな状況が訪れたことで、『しあわせになれるはずがない』、『この幸せもいつか壊れる』という潜在意識が溢れ出して幻として見えるようになったのだと思います。

というわけで、『恋の通訳、できますか?』のドラミについて少し考察してみました。
何気ないセリフにも意味があるのではとついつい深読みしたくなる作品でした。
正直、無理矢理解釈した部分もあるので、ドラマを読み解くひとつの視点として参考にしていただければと思います。




