死に方の決定権 | 紗奈

紗奈

急性骨髄性白血病(M7)を発症し1年3か月の闘病の末天国へ旅立った娘を持つ母親の患者家族としての記録

闘病が許される病気での死に方の場合

 

どう死にたいかの決定権は本人にあるはず

 

にゃんにだってその権利はあった

 

ICUへ移ってしばらくして痛みが強くなった時私はにゃんに言われていた通り痛くないように、苦しくないようにしてほしいと先生にお願いした

 

それからは鎮静状態になり全く意思の疎通はできなかった

 

ただただ毎日を今日も無事でいますようにと祈りながら面会に通った

 

人工呼吸器も限界になり気管切開をすることになった

 

そのほうが本人もかなり楽になると説明を受けていて少しほっとしていた

 

 

手術当日の朝病院から電話がかかってきた

 

「血圧が落ちて危ない状態になった

 

今は落ち着いているけれど手術は中止

 

すぐに来てほしい」

 

タクシーに乗ってすぐに病院へ向かった

 

 

病院へついてICUへ

 

にゃんの病室へ入ったらにゃんが目を醒ましていた

 

何十日ぶりだったろう

 

びっくりしたし嬉しかった

 

目が合って布団をはぐ様子をしていたから

 

「暑いの?」

 

と聞くとうんと頷いた

 

「暑いらしいです」と看護師さんに言うと看護師さんも笑って

 

「お布団外そうね」と言ってくれた


しっかりした目を見れて本当に嬉しかった


 

 

そのあとすぐに先生からお話があると言われて別室へ

 

そこでもう先がないこと

 

長くて3日早くて今日中にはと言われた

 

 

訳が分からなくてふわふわしたままにゃんの元へ戻った

 

にゃんの意識はまた潜ってしまっていた

 

 

 

目が合ったあの時にもっと話しておきたかった

 

この先どうしたい?

 

ぎりぎりまで治療したい?

 

治療もやめて苦痛なく過ごしたい?

 

今のままでいい?

 

 

何も聞けなかった

 

一番大事なことを

 

 だって死ぬなんて思ってなかった


思いたくなかった


私のわがままな思いでにゃんの権利を奪ってしまった


どうしたかったんだろう


どんな死に方したかったんだろう


もっと強くあればよかった


めそめそしてないでうろたえていないでにゃんの気持ちだけを考えられれば良かった



何もかもが遅すぎる


やり直しもきかない


謝っても届かない



辛いよ