ほぼ毎日夕方頃 市内一斉に防災行政無線チャイムでサビの部分のメロディーが流れていることは、皆さんご存じでしょうか。

今回、短いメロディーを長くして、大和の市歌を市民に親しんでもらう計らいで、長めのメロディに秋から変わります。

 

実は昨年に市歌について質問していますので、ご一読いただければと思います。

 

令和7年12月一般質問

 

大和市の公式唱歌について


 各学校では必ずと言っていいほど校歌が存在します。校歌は、学生、児童生徒や教職員が学校行事の際に歌うことが一般的で、例えば、入学式、卒業式、始業式、終業式、修了式、運動会など、学校行事で歌われるものと思われます。この校歌ですが、ふだんの学校生活の中で特に新1年生などには歌の歌い方や歌詞の由来について、どのように覚えてもらうための指導をしているのでしょうか。校歌は、必ずや土地柄や古来から受け継がれている事柄を歌詞に記していると思われます。学校の校歌についてお伺いをします。
 続いて、大和市歌について。昭和39年2月1日に制定された大和市歌は、実際のところ、あまり市民になじみがなく、歌があることすら知らない方も多いと思います。さて、この市歌から制定された昭和39年といえば、私は林間小学校3年生の頃です。恐らくできたての市歌を学校の生徒に歌わせたのでしょうか。いまだに歌詞のサビの部分は思い出せます。
 では、歌詞を。本当はここで歌いたいのですが、歌詞だけ申し上げたいと思います。大和市歌、まず1番「風光る 風光る さわやかな緑の大地 英気いまみなぎるところ 富士阿夫利清く そびえて ここにあり 躍進のまち わが大和市 われらの大和市」、2番「わきあがる わきあがる 新しい文化の泉 歴史ある広野の土に 産業は日々に栄えて夢実る 繁栄のまち わが大和市 われらの大和市」、3番「はるかゆく はるかゆく 境川 引地の流れ たゆみなく希望をこめて 人の和の 歌も明るく 明日を呼ぶ 栄光のまち わが大和市 われらの大和市」。
 歌詞の中には、阿夫利神社や文化の泉、泉の森を連想します。境川や引地の流れなど、湧き上がるのは引地川の源流を意味しているようにも感じます。この大和市歌ですが、実は市民の皆さんは毎日サビの部分のメロディーを耳にしています。皆さん、お分かりでしょうか。それは、ほぼ毎日、季節により流す時間帯は変わっているようですが、防災行政無線チャイムでサビの部分のメロディーが流れているのです。実は本日もこの後15時55分頃、次の古木議員の一般質問終了間際に多分外から流れてくると思います。聞いてみてください。
 さて、お隣の横浜市では今でも市民の皆様が横浜市歌を歌えるそうです。2022年3月3日放送のテレビ番組「秘密のケンミンSHOW極」で横浜市歌について、ユーチューブでその様子を拝見しました。横浜市立小中学校では、今でも朝の時間や音楽の授業で市歌を歌う習慣があるそうです。この横浜市歌の作者は、かの有名な森鴎外さんということで、明治42年に開港50周年記念の際に当時の港町の情景を森鴎外先生が歌詞にされたとのこと。さらに、今年日本一になりました横浜DeNAベイスターズの応援歌にも使われております。
 ちなみに、神奈川県民歌もあります。タイトルは「光あらたに」、これはなかなか私も知りません。県民歌の浸透はさらに厳しそうですが、質問します。大和市歌を教育委員会としてどのように捉えているのか。横浜市のように学校で歌うことはあるのでしょうか。御所見をお伺いします。

 

市側の答弁

 

学校の校歌につきましては、学校の伝統や文化を象徴するものであり、歌詞の意味を理解することを通して学校の歴史に触れ、感情を込めて正しい旋律で歌えるようになることは、児童生徒にとって大切な学びであるとして、教育課程の中に位置づけられております。また、入学式や卒業式など成長の節目となる行事の中で歌う機会が設けられており、支え合い一緒に成長する仲間とともに歌うという経験を通して、学校が安心できる居場所であるという思いを醸成しております。大和市歌につきましては、校歌のような歌唱指導は行っておりませんが、市の魅力や特色を歌詞や旋律に込めて表現しているものであり、大和市民憲章や市章とともに市のアイデンティティーを表現する重要なものであると考えております。児童生徒は、大和市歌をはじめとした市のアイデンティティーが表現されたものや、大和市に関わる人々の思いを自分の生活に関連づけることを通して、地域への愛着を含め、郷土意識を高めております。教育委員会といたしましては、児童生徒が校歌と市歌への理解を深めることを通して、仲間と地域とのつながりを築いていけるよう各小中学校と連携を図ってまいります。

 

要望

 

学校の校歌と大和市歌について。
 小学校入学式には上級生から校歌斉唱を初めて聞くことから6年間の学校生活が始まります。先日、林間小学校に通う1年生の私の孫娘にユーチューブで林間小学校の校歌を流したところ、つられて歌っていました。やはり校歌を歌う機会があるようで、何となくそのメロディーを口ずさんでいるような光景になりましたので、安心しております。
 学校の校歌について調べてみますと、日本における校歌の発生は、音楽的な高まりというよりも、明治政府の教育改革の一環に位置づけられていたとされる。明治時代になると、教育の門戸は一斉に開け放たれ、小学校や中学校には、広い地域から身分を問わず様々な生徒が集まるようになった。さらに、大学や専門学校ともなれば日本全国から学生が集まる。多士済済な面々が集まる学校で必要となったのが、価値観や思想を統一する訓練手段であり、その有効な手段の一つが校歌であった。一説では、フランス革命の民衆の高揚に倣う形で集団意識の高揚を目的として作曲され、それが徐々に全国に広まって定着したと言われているようです。
 続いて、大和市歌については、ほとんどの方は聞いたことがない、歌ったこともない大和市民が多いことが分かりました。お隣の横浜市のように小中学校で横浜市歌を歌う機会を増やすのは無理ですが、せめて何か市の行事やイベントのときに大和市歌を流してみてはいかがでしょうか。市長に提案、要望します。