登山を趣味とする人ならば、知らない人はいない北アルプスの難所『大キレット』。

「登山は楽しむためのもので、そういう危険を冒して登るようなことはしたくない」

そうずっと思っていたわたしでしたが、反面、

「ボクは結構運の強い人間だから、そういう危険なところへ行っても大丈夫なのでは?」

とも思うようになり、わたしがその『大キレット』にチャレンジすることにしたのが昨年である2015年。

今までは話には聞いていたけれど、まったく別世界だと思っていたその『大キレット』についにわたしが足を踏み入れることになりました。




◆2015年9月21日(月)

前日、上高地から槍ヶ岳経由で南岳小屋までやって来たわたしは結構消耗してしまい、しかも夕方に到着して南岳小屋の主人にこっぴどく怒られてしまって、かなり滅入っていた。

未明の3時半頃に目が覚めて、4時半にはしたくが出来てしまったのだが、あまり早い時間に大キレットに突っ込みたくなかったので途中で食べるつもりだった弁当を南岳小屋の玄関で半分食べてしまった。

朝5時15分には食事を終え、仕方なく南岳小屋を出る。




もう、すでに大キレット方向への丘に登って行く登山者が何人もいた。

わたしもおそるおそる登って行く。




後を振り返ると昨日、ここへ来るまでのいくつかのポイントを見ることが出来た。槍ヶ岳、そして、夕陽を見た南岳。




5時20分、まずは獅子鼻という展望台のようなポイントで大キレットの谷底やその先に聳える北穂高岳の雄姿を拝む。

・・・なんか、鳥肌が立って来たぜ。




5時22分、早くも大キレットに突撃開始!笠ヶ岳方面へ降りていく感じだ。団体が少し前を歩いて行くのでまずは彼らに付いて行く。




5時33分、しばらく行くと谷底への取り付き点みたいな場所に到達する。そして、その時がまさに日の出だった。




しかも、よく見ると朝焼けに染まった空の一角に富士山の姿が見えるではないか!

「みなさん、わたしはこの仕事をうん十年やっているんですが、この場所でこの時間帯にこうして富士山が見られたのは今回で二回目です」

目の前の団体のインストラクターらしき人物が言っている。

・・・ということは、うちらはラッキーだってことだな。やっぱり、オレって持ってる人間かもな。

なんて、またまた、うぬぼれていた。




5時48分、なかなか、前の団体が先に進まないのでじらされながら、自分の順番を待つ。

・・・早く彼らを追い抜きたい。それにしても楽しそうな急下降だぜ。




5時53分、振り返るとつい先ほど追い抜いた10人ぐらいの団体さんが一生懸命、大キレットへの下降に奮闘している。




ガイドブックに載っていたこの鉄梯子も結構楽しめた。

・・・ヒャッホー!これで南岳小屋の主人によって下げられたテンションが復活したぜ!

えっ?岩場に来ると人格が変わるって?いや、そんなことありませんよ。




6時8分、いったん、降りてしまえば、大キレットはやさしそうな稜線になった。

団体は追い抜いたものの、後から来た二人組に追い抜かれたので彼らを追いかけることにする。




9月なのでちょっとした紅葉も楽しめた。

・・・この調子なら八ヶ岳の小屋で同室だった人みたいに「知らないうちに大キレットを通過してしまった」なんてことになるのかも?

なんて甘いことも少し考えてしまったりして・・・。




6時38分、段々と北穂高岳が近づいて来た。




6時41分、岩ゴツの登りを必死にやっていると途中で白人の青年と出会う。彼はイギリス人で日本人女性と結婚して、日本の企業で働いているのだという。

一度、彼を追い越したのだが、途中でまた先に行かれ、結局北穂高岳まで彼の後ろをついて行くことになる。




6時45分、やっと登りきったと思ったら有名な難所『長谷川ピーク』を示す”Hピーク”の文字を発見!

・・・さあ、いよいよ、長谷川さんの登場ですか。




見ると先ほど前にいた二人組があんな先の崖にへばりついている。

果たして自分があんなところまで行けるのか不安になって来る。




”Oh, my god!”

前を行くイギリス青年が大声を上げた。

わたしは彼に置いてかれないように後に続いた。

・・・こりゃあ、楽しくなってきたぜ。




長谷川ピークは、まず、崖の裏側に回って鎖に掴まりながら左へトラバースしていく。

なんだか、先月行った剱岳の『カニのヨコバイ』の応用編みたいな感じだった。

・・・ここに来る前に剱岳に行っといて良かったぜ。




ただし、わたしが撮った写真はすべて表側になっている。多分、すぐに裏側から表側に出るんだろう。

写真で見るととんでもない崖にへばりついているように見えるが、実際はこの辺は結構たのしい。

今まで何度も槍ヶ岳に登っていたのに一度もここに来ていなかったなんて損をしていた感じだ。





「大キレットのナイフリッジの裏側から表側に移るところがコワい」

誰かが言っていたが、それほどではなかったのでその辺りで写真を撮ってみる。




むしろ緊張の度合いが増すのが、長谷川ピークから降りて行くところ。

晴れていたから良かったものの雨で岩が濡れていたら、と思うとぞっとする。







長谷川ピークを最後まで降りて来るとそこが『A沢のコル』という場所なのだが、その手前には場違いなベンチがある。

・・・次回はここで弁当食べたいな。




7時ちょうど、『A沢のコル』でしばらく休憩する。写真は来た道を振り返ったところ。




『A沢のコル』から北穂高の頂上を目指す。結構な急登である。




7時15分、その急登の途中で振り返ると御覧の通り南岳から大キレットを通って来た稜線がみごとである。




・・・やべえ、この白ペンキのマーキング、見たことある。

7時32分、大キレットのもう一つの核心部である『飛騨泣き』に到着。

後から来た人も『飛騨泣き』だということを悟ったのか、立ち止まって息をのんでいる。

ここも難所なので要注意である。




7時34分、『飛騨泣き』を慎重に通過していく。

・・・まあ、この辺は普通の岩場だよね。




7時37分、ガイドブックやネットで御馴染みの場所を通過。金属製の足場が備え付けられているので怖さはない。




ただ、見ての通り足場が付いていないところもあった。




『飛騨泣き』を通過して振り返ったところ。やはり、大キレットの稜線が美しい。




8時15分、北穂高小屋まで後ひと踏ん張りだ。




8時18分、後を振り返ると先ほどまで見えていた稜線の更に後に槍ヶ岳の頭が見えるようになった。




8時23分、北穂高小屋に到着。大キレットを通過してまずは一安心だ。




8時26分、そのまま北穂高岳の頂上に登って行く。

標高3106mは国内第9位。背後に槍ヶ岳が見える。

ここは北穂高岳北峰の頂上とも言える。




そこからの大キレットと槍ヶ岳の眺めは最高だった。




再び北穂高小屋へ戻り、売店でCCレモンを買ってテラスで飲むことにする。

本当はビールを飲みたかったが、これから涸沢岳、穂高岳山荘と続く道はそんなに甘くはない。

気合が入ってそうなコーヒーもおいしそうだったが、それは次回にとっておくことにした。




北穂高小屋のテラスからの眺めは最高だ。




8時50分、再び北穂高岳頂上に戻って涸沢岳へ向けて出発。




9時ちょうどに北穂分岐を通過。ここから奥穂高岳、北穂高岳(北峰)、涸沢カールの三方向に道が分岐している。

まずはここから奥穂高岳方面へ行くとまず北穂高岳南峰を登ることになる。




9時半、ずっと足場が不安定な岩場だったのだが、平らな岩の広場を通過。

左に前穂高岳、中央のくぼみが吊尾根、右に奥穂高岳、ロバの耳、ジャンダルムが見える。




9時半、険しい岩場の下り。このコースはかなり手ごわい。




ずっと前を行く人は、穂高岳山荘でも同室になった。




9時38分、後から見るとかなりの岩場なのだが、その時はそれほどスゴイとは思わなかった。




10時10分、まだまだ岩場は続く。

岩場が険しくて危険というよりは、岩場の登り降りの連続で体力的にきついって感じだ。




10時44分、この辺が最後の山場って感じだった。




11時9分、とうとう涸沢岳の頂上に到達。標高3110mは国内8位。


わたしはその時の登山で下の黒塗りの★印を全部登ったってことになるのである。

<日本の山 標高TOP22>
(☆印は2016年5月現在でわたしが登った山)
順位 山名 標高(m)
☆ 1 富士山 3,775.60
☆ 2 北岳 3,193.20
★ 3 奥穂高岳 3,190
☆ 3 間ノ岳 3,190
★ 5 槍ヶ岳 3,180
6 悪沢岳(荒川東岳) 3,141
7 赤石岳 3,120.53
★ 8 涸沢岳 3,110
★ 9 北穂高岳 3,106
★ 10 大喰岳 3,101
11 前穂高岳 3,090.20
★ 12 中岳 3,084
13 中岳(荒川中岳) 3,083.68
14 御嶽山 3,067
☆ 15 農鳥岳(西農鳥岳) 3,051
16 塩見岳 3,046.90
★ 17 南岳 3,032.70
☆ 18 仙丈ヶ岳 3,032.60
19 乗鞍岳 3,026
☆ 20 立山(大汝山) 3,015
21 聖岳 3,013
☆ 22 剱岳 2,998.60




しばらくの間、涸沢岳の頂上で休憩を取り、朝、南岳小屋で半分食べた弁当の残りを食べることにする。

下には穂高岳山荘の赤い屋根が見え、その先には奥穂高岳、馬の背、ロバの耳、ジャンダルムがガスがかかりながら不気味に聳えている。

「見て下さい。奥穂高に登る登山客の行列が出来ていますよ。こりゃあ、明日が思いやられます」

北穂高岳から一緒だった人とそんな話をしていた。




11時57分、約一時間滞在した涸沢岳に別れを告げ、穂高岳山荘に向けて下降する。

「今日、○○ちゃんを馬の背に連れて行ったけど、戻って来ちゃったよ」

「うん、やっぱり、やばいって感じだったんで戻った方がいいって感じぃ」

なんていう会話が聞こえてきた。

・・・どうしよう?やっぱり、西穂高を目指すのは無謀だろうか?

段々と不安が募って来る。




12時ちょうどに穂高岳山荘に到着。コースタイム6時間20分のところを6時間45分かかってしまったが、それは涸沢岳の頂上に1時間いたから。


「明日はどちらへ行かれるんですか?」

夕食時に隣に座った年配女性に定番の質問をされる。

「はい。西穂高の方へ」

「あら、ジャンダルムの方へ行く人多いのね」

「でも、ボクの場合、とりあえず馬の背の方へ行ってみてコワそうだったら引き返すつもりですから」


穂高岳山荘の同室のひとたちとはすぐに仲良くなった。

そのうちの一人がその日、天狗のコルからジャンダルムを通って来たという。

「逆層スラブ岩は大したことないです。ただ、ロバの耳の垂直の崖が鎖がなかったんで大変でした」

どうやら、わたしの予想通り、ロバの耳は手ごわそうだ。

ただ、その日、大キレットで出会ったイギリス人の青年と同室だったのに場所が遠かったのでまったく話が出来なかったのだが、結局、その後も何も話さないで終わってしまったのが心残りになった。

・・・人付き合い、決して苦手じゃないのだが、時々へまをしてしまう。まだまだだな。