だれかのためになっている、
だれかの役になっているってとてもありがたいな、って思います。
こどもに、「どうして、勉強しなければならないの?」
ってきかれたとき、どう答える?
「大きくなって社会にでてから役にたつためだよ」
、、、ああ。
「いい高校に入って、いい大学に入って、いい会社に就職するためだよ」
、、、そういう答えではなかった。だから、よかった?
その、こどもとは、当時反抗期だったの中二の私。
答えたのは、私の母。
ぜんぜん分からなかった。
その答えの意味。「社会に役立つって、どうゆう意味?」
社会人になって、就職してからも、わからなかった。
専業主婦になって、自分で収入が得られなくなってからの私は、
「働く」意味を考えた。
「働くって、稼ぐためではない」ってことか?
「だれかのために、だれかの役にたつことが、働くってことだってこと?」
「役に立たない働きはだめだ。」
それは、会社のために良心を犠牲にしてまで
目先の稼ぎを求めてはいけないということ
だったりする。
なんでもかんでも手柄を自分独り占めにするような
結果を求めることでもないこと。
自分の働きが、だれかに影響を与え、よい方向に
すすんでゆくこと。
その働きが、ずっと持続すること。
そんなところに働く意味はあるのかな?
いまの私は、直接賃金は得られていないけど、
だれかの役に立っている。
そして、それが自分の好きなことだから、もっといい。
それがいずれは「ありがとう」と感謝されて
お金をいただくことができたら、
感激。
そんなキモチになれるようになった。
仕事を引退した母は、今の子育て真っ盛りの私に言う。
「稼ぐ、稼ぐって、いわないで。自分の授かったこどもを
しっかりと育てて。」
こどもを育てながら仕事をして収入を得ることは厳しい。
労働市場においては、「足かせ」だよ。
私は保育園に子どもを預けて、家で仕事をはじめた。
自分のペースでやっていこうと決意はしたものの、
順調にやっている人たちを横目に
「なんてグズなのかな~」
って自分を責めることも多い。
すこしてもいいから、今はちいさな仕事での成功を
積み上げよう。と思いなおして。また机に向かう。
「稼ぐ、稼ぐって、いわないで。自分の授かったこどもを
しっかりと育てて。」
そのことばを思い出して、今は仕事に取り組むための
ちいさな炎をともし続けている・・・・
いつか大きく花開くために!
どんなひとでも、みんながそれぞれ、その人なりの「働き」で
世の中をよくしていけたら・・・
「働くことはすばらしいこと。」
「じぶんのためにも、人のためにも役立つ働きを!」
