更新とぺタ返しが滞っており、大変申し訳ありません(´・ω・`)。。。
日々パソコン教室と馬戦(バイク)の教習所などで勉強頑張っています!!
馬戦は趣味&レガシィ君の燃費補完の為に。。。
ということで久々の更新になりますm(_ _ )m。。。
<犬山城天守閣入口>
犬山城天守閣内部に入っていきます('-^*)/
するとまず目に入ってくるのが石垣です!!
野面積みの石垣を雨の日でもゆっくり見ることができます( ´艸`)
日本最古ともいわれる木造天守の醍醐味とでもいいましょうか。。。
普段は間違いなくあまりお目にかかれない極太な梁です!!
「石落とし」という名の通り、石を落とす場所です。
しかし、数箇所しか石を落す場所がない犬山城では
効果があったのでしょうかねぇ。。。
その構造は3方向に窓があり、防御力が高い事をうかがわせます。
天守閣の入口に入ってこようとする敵兵に横から撃ち込むこともできます!!
明治24年の濃尾地震で壊れて、解体され、石垣だけになっていたそうですが、
昭和39年の修理の際に復元されたそうです。
武具を置いておく武具棚が備え付けられています。
犬山城の「口の部分」を中から撮った写真です。
「口の部分」で説明つくかな( ´艸`)??
窓の上に三角の形を作る様に梁が見えますね!!
こじんまりと出窓的な感じがして、ちょっと落ち着いてしまう空間ですね。
入母屋、唐破風の見分けが付く写真がこれしかありませんでしたが、
見比べることができる写真です。
入母屋破風は三角形の屋根で、唐破風は丸みを帯びた横長の破風です。
するとまず目に入ってくるのが石垣です!!
野面積みの石垣を雨の日でもゆっくり見ることができます( ´艸`)
<天守閣1階天井>
立派な梁ですね!!日本最古ともいわれる木造天守の醍醐味とでもいいましょうか。。。
普段は間違いなくあまりお目にかかれない極太な梁です!!
<石落としの間>
後から取って付けたような石落としの間です。「石落とし」という名の通り、石を落とす場所です。
しかし、数箇所しか石を落す場所がない犬山城では
効果があったのでしょうかねぇ。。。
<つけ櫓内部>
このつけ櫓は天守閣東南の隅の突出した場所にあり、その構造は3方向に窓があり、防御力が高い事をうかがわせます。
<つけ櫓外部>
ちなみに外から見た天守閣ですが、手前の出っ張った所が「つけ櫓」です!!天守閣の入口に入ってこようとする敵兵に横から撃ち込むこともできます!!
明治24年の濃尾地震で壊れて、解体され、石垣だけになっていたそうですが、
昭和39年の修理の際に復元されたそうです。
<武具の間>
ここは「武具の間」といい、武士の武器・武具の倉庫に使用されていた部屋だそうです。武具を置いておく武具棚が備え付けられています。
<唐破風の間>
薄暗く狭い、外からの明かりのみ射し込みます。犬山城の「口の部分」を中から撮った写真です。
「口の部分」で説明つくかな( ´艸`)??
<入母屋破風の間>
入母屋破風の内部です。窓の上に三角の形を作る様に梁が見えますね!!
こじんまりと出窓的な感じがして、ちょっと落ち着いてしまう空間ですね。
<破風の形(外見)>
夜景の犬山城の外からですが、入母屋、唐破風の見分けが付く写真がこれしかありませんでしたが、
見比べることができる写真です。
入母屋破風は三角形の屋根で、唐破風は丸みを帯びた横長の破風です。
<犬山城>
犬山城に来ました('-^*)/!!
この時すでに日も傾いていて、
入城できる時間ギリギリだったので猛ダッシュでの登城となってしまいました(・∀・)
1600年の関ヶ原の戦いの頃より次々に城郭が整備されていきました。
1584年の小牧・長久手の戦いの時には豊臣秀吉は、大阪から12万余の大軍を率いて犬山城に入城し、
小牧山城に陣を敷いた徳川家康と戦いました。
江戸時代になって尾張藩付家老の成瀬正成が1618年に城主となってからは、
成瀬家が代々城主として受け継いで明治時代に至りました。
犬山城は成瀬家の手を離れてしまい、
櫓や城門など天守閣を除く建築物はほとんど取り壊されてしまいました。。。
1891年の濃尾震災で天守閣の東南角の付櫓などが酷く倒壊してしまったので、
それを修理するという条件で再び成瀬家所有の城となりました。
その後、伊勢湾台風などの自然災害で被害を受けましたが、
1961年から1965年まで4年間かけて解体修理を行い、現在に至っています。
ダッシュでε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ!!
上の写真の場所は「矢来門(やらいもん)」という門があった跡地です。
名前からして「矢が来る門」だから敵の矢が届くギリギリの距離にあった門
という意味なのでしょうか。。。
わかりません。。。
この門も現在は存在していません。。。
犬山城天守閣への登城券はこちらの売店にあります。
外側が鉄で防備を固められていたので「鉄門」と呼ばれていたそうです。
そして現在の本丸門は旧門とは関係ないらしいです。。。
外見は櫓の形をしていますが、実は「永勝庵」という茶室なのですヘ(゚∀゚*)ノ
茶室にしては風流というよりも攻撃的な外見ですね(・∀・)
この時1620時。。。閉館1700時。。。
入城時間の1630時にはギリギリ間に合いました(°∀°)b !!
この時すでに日も傾いていて、
入城できる時間ギリギリだったので猛ダッシュでの登城となってしまいました(・∀・)
<犬山城への道>
犬山城は1537年に織田信長の叔父にあたる織田信康によって築城されました。1600年の関ヶ原の戦いの頃より次々に城郭が整備されていきました。
1584年の小牧・長久手の戦いの時には豊臣秀吉は、大阪から12万余の大軍を率いて犬山城に入城し、
小牧山城に陣を敷いた徳川家康と戦いました。
江戸時代になって尾張藩付家老の成瀬正成が1618年に城主となってからは、
成瀬家が代々城主として受け継いで明治時代に至りました。
<空堀跡>
1871年九代目成瀬正肥の時に廃藩置県で廃城になり、犬山城は成瀬家の手を離れてしまい、
櫓や城門など天守閣を除く建築物はほとんど取り壊されてしまいました。。。
1891年の濃尾震災で天守閣の東南角の付櫓などが酷く倒壊してしまったので、
それを修理するという条件で再び成瀬家所有の城となりました。
その後、伊勢湾台風などの自然災害で被害を受けましたが、
1961年から1965年まで4年間かけて解体修理を行い、現在に至っています。
<矢来門跡>
では登城開始致します!!ダッシュでε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ!!
上の写真の場所は「矢来門(やらいもん)」という門があった跡地です。
名前からして「矢が来る門」だから敵の矢が届くギリギリの距離にあった門
という意味なのでしょうか。。。
わかりません。。。
<松の丸門跡>

矢来門跡から進み、天守閣と松の丸御殿に通じる松の門跡です。
食い違いになっています('-^*)/。
<岩坂門跡>
登城道最後の坂を登りきった所の位置のこの場所にあったのが岩坂門です。この門も現在は存在していません。。。
犬山城天守閣への登城券はこちらの売店にあります。
<本丸門>
本丸への入口の門です。外側が鉄で防備を固められていたので「鉄門」と呼ばれていたそうです。
そして現在の本丸門は旧門とは関係ないらしいです。。。
<小銃櫓跡(永勝庵)>
本丸へ来て南端を見ると櫓が有りました。外見は櫓の形をしていますが、実は「永勝庵」という茶室なのですヘ(゚∀゚*)ノ
茶室にしては風流というよりも攻撃的な外見ですね(・∀・)
<犬山城天守閣>
ではでは時間もやばかったので、犬山城天守閣に攻め込みます('-^*)/この時1620時。。。閉館1700時。。。
入城時間の1630時にはギリギリ間に合いました(°∀°)b !!
<小牧山城復興天守閣>
<西側の景観>
<西側の景観>
とても良い天気でガスも出ておらず、遠くまで見通すことができました!!
名古屋の街中からは見えなかった山並みが、ここまで来ると見えてきます。
遠くには岐阜城のある金華山が見えます。
画像の真ん中の山が金華山です。
岐阜城が見えますね!!わかるかな(・∀・)??
信長さんがこの小牧山城にいたときは、あの岐阜城(稲葉山城)には
斎藤龍興がいたのでしょうかねぇ!!
お互いの動向を確認し合っていそうな感じです(・∀・)
遠くには名古屋の高層ビル群が見えますね!!
こうやって見ると、小牧山は平野の中にポツンとある小高い山って感じがしますね!!
名古屋まで山という山が一つもありませんねヘ(゚∀゚*)ノ
名古屋城は流石にわかりませんでした。。。
この名古屋空港には、
航空自衛隊小牧基地もあり、三菱重工業の工場も傍らにあるので、
F-2なんかも生産されて、ここからロールアウトされるのでしょうかねo(^▽^)o
名古屋の街中からは見えなかった山並みが、ここまで来ると見えてきます。
遠くには岐阜城のある金華山が見えます。
<遠くに見える金華山>
レンズを換えて望遠で金華山を撮ってみました!!画像の真ん中の山が金華山です。
岐阜城が見えますね!!わかるかな(・∀・)??
<岐阜城はここだよ!!>
金華山のテッペンにチョコンとあります('-^*)/信長さんがこの小牧山城にいたときは、あの岐阜城(稲葉山城)には
斎藤龍興がいたのでしょうかねぇ!!
お互いの動向を確認し合っていそうな感じです(・∀・)
<南側の景色>
南側の景色です('-^*)/遠くには名古屋の高層ビル群が見えますね!!
こうやって見ると、小牧山は平野の中にポツンとある小高い山って感じがしますね!!
名古屋まで山という山が一つもありませんねヘ(゚∀゚*)ノ
<名古屋の街並み>
う~ん!!大都会って感じがします(←田舎者のセリフ(笑))名古屋城は流石にわかりませんでした。。。
<名古屋空港(小牧空港)>
名古屋空港から飛び立つ旅客機をみることができました。この名古屋空港には、
航空自衛隊小牧基地もあり、三菱重工業の工場も傍らにあるので、
F-2なんかも生産されて、ここからロールアウトされるのでしょうかねo(^▽^)o
<北側の景色>
北側の景色です('-^*)/この写真のどこかに国宝犬山城が写っているはずなのですが、わかりませ~ん(ノ_・。)
では小牧山城を後にして、その犬山城に向かうとしましょう(`・ω・´)!!<西自然遊歩道>

前回に引き続き西自然遊歩道を歩いています。
一部には空堀跡に写真の様な通路が設置されており、
靴を汚さず空堀内を歩くことが出来ます(°∀°)b
<西自然遊歩道>
遺構を上手に使った散策路になっています。ジョギングにはキツいけど、散歩なら最高です('-^*)/!!
<小牧山城搦手口>
西自然遊歩道を歩いていくと搦手口跡にたどり着きます。大手口が正面口で、搦手口は裏口です('-^*)/!!
<搦手道>
搦手口はちょうど小牧山の北側にあり、大変攻略し辛い様に道をクネクネ曲げさせ、斜度も大きいですヽ(;´ω`)ノ
<小牧山案内図>
一応案内図を再び!!
大手口のホント真裏に搦手口があるのがわかりますね('-^*)/
大手口のホント真裏に搦手口があるのがわかりますね('-^*)/
<搦手道>
オジサンには負けられません(`・ω・´)!!
この道の途中途中で柵か何かで道を塞がれて軍勢の勢いが止められると、
横の上から弓や鉄砲がバシバシ打ち込まれるという造りになっています!!
<本丸下石垣跡(?)>
そんな搦手道を登りしばらく歩くと、主郭下に出てきます。ここにはなんと石垣があったそうです!!
ちょっとわからないですが(´・ω・`)。。。
<主郭跡>
天守閣下の主郭跡では現在発掘調査が行われていました!!そういえば清洲城でも発掘調査が行われていましたねぇ。。。
そういう時期なのでしょうか??
小牧山城ではどんなものが発掘されるのでしょうかねo(^▽^)o
<小牧山城復興天守>
小牧山城の頂上に建つ復興天守閣です!!なんかお城というよりも、社殿に見えるのは僕だけ(・∀・)??
小牧山市歴史館として昭和42年に建造されました。
100円を支払うと入城することが出来ます。
内部は写真撮影禁止のためお見せすることはできませんが、
内装は木造なイメージですが鉄筋コンクリート製で、
ど真ん中に普通の階段があるという現代建築でした!!
































