江戸川沿いぶらり~野菊のこみち~ | 散歩おじさんの「ぶらりWalk」

散歩おじさんの「ぶらりWalk」

散歩おじさんが街中やら、公園やらを「ぶらり」した様子を載せています(^.^)

今日は散歩おじさん地方も暑くなりましたよ~(^_^;

暑さに体を慣らしつつ、雨の季節の備えもしないといけないですね!

さて今日も6月5日に歩きました江戸川沿いぶらりの記事!3回目ということになります(^.^)

昨日の記事で「野菊の墓文学碑」を載せましたところ、本を読まれた、あるいは映画化された物をご覧になったというコメントを下さった方も少なく無かったですが、今日はもう少し「野菊の墓」にまつわる場所をご紹介したいと思います!

その場所というのは「野菊の墓文学碑」から江戸川の土手に至る田畑の間にあります野菊のこみちです

田畑の眺めなどを楽しみながら、江戸川土手までをのんびり歩くことが出来ますよ!

イメージ 1野菊のこみちには曲がり角ごとにこんな道標が立っていますので、迷う心配はありません!
 
もっとも今回のように文学碑から江戸川土手に向かった場合は、迷ったところで、向かうべき場所(江戸川土手)はどこからでも見通せますので、慌てることも無いんですけどねにひひ
 
逆から初めての方が歩かれる場合など、心強いガイドになるでしょう(^.^)
 
道標の黒い部分に彫られている絵は「野菊の墓」のいくつかの場面を題材にしたものだそうで、9つある道標それぞれが違った絵になっていますよ!

イメージ 2そしてこちらが野菊のこみちです(^_-)-☆
 
・・・えっ?ただの農道なんじゃないのかって?
 
そうですよ!農家の方が農作業に使われている立派な農道ですけど、それが何か?(@o@)
 
野菊のこみちという名前からして、洒落た散策路を期待された方がいらっしゃったとしても無理はありませんけどね

伊藤左千夫が「野菊の墓」のモチーフにしたような、野菊の咲く「こみち」がこの辺りにあったのだろうとは想像できますが、その場所が特定されて保存されている・・・ということでは無いようですよ!

おそらくは小説の舞台になった場所をのんびり散策して欲しい・・・というようなことから野菊のこみちが作られ、その際に「こみち」として農道が利用されたということなのでしょう(^.^)

まあ下手に綺麗に舗装された散策路などを作られちゃうより、かえって雰囲気が出てるかもしれませんよ

途中にはボランティアの方が世話をされているという矢切「四季の道」と名付けられた花壇もあって、花も楽しめます!
イメージ 3


イメージ 4田畑の中を流れる細い川!
 
特に変わった様子も見られないのですが、この川を渡る橋の上には↓こんな説明のプレートがあります(@o@)

細かい文字が読みづらいと思いますが、「このあたりの細流は しじみ貝のとれる貝かき場であったことから かいかば通りといわれているらしい」と書かれています!
イメージ 5
ほぉ~っ!しじみが獲れたんだね~・・・と感心しつつも、こういう説明の記述としては、「・・・らしい」とは、なんだかユルイ感じだね~、と思ってしまった散歩おじさんでしたにひひ

イメージ 6おやおや、農作業の方の物と思しき車が野菊のこみちを塞いじゃってますね~目
 
左側に辛うじて人が一人通れるくらいのスペースはありますが、これじゃ通り難いこと甚だしいですな~
 
・・・などと怒ってはいけません!

イメージ 7何しろこの野菊のこみちは、あくまでも農家の方が作業に使っていらっしゃる道を通らせていただく・・・という「こみち」なのですから(^_^;
 
実を言いますと、季節によっては辺りがネギの匂いに満たされた、極めてナチュラルな田園を歩けるという、ある意味たいへん結構な「こみち」でもあるんですよv(。・・。)イエッ♪
 
この日は、ここを歩きたいがために敢えて自転車では無く歩きで来たのですが、こういう状況になりますと、それも大正解といったところでした!

そんなこんなで、車の脇をすり抜けたりなどしながら、野菊のこみちの江戸川寄りの端っこに到着しました!

一番江戸川寄りの場所にはこんな記念碑(・・・で良いのかな?)がありますよ(^_-)-☆
イメージ 8
台座には「野菊のこみち」の文字と地図が、そして上には本の形の碑が置かれています!

本には「野菊の墓」の一節が彫られているんですよ

そして今日の最後は、江戸川の土手から野菊のこみちの辺りを振り返った画像をご覧ください!

今回の連載記事の中でも「国府台城跡」とか「古戦場」ということを随所に書いているのですが、散歩おじさんが見てきた説明にも、「戦の際に柴又側に陣取った軍勢が、現在の『矢切の渡し』の辺りで江戸川を押し渡り、国府台に攻めあがった」と言うような記述がありました!

そこでこの画像ですが、画面奥に見える小高く緑の繁った辺りがまさにその「国府台」なんですv(。・・。)イエッ♪
イメージ 9
手前に「矢切の渡し」の看板があることからもお分かりいただけると思いますが、↑に書きました「国府台に攻めあがった」軍勢は、まさにこの場所を駆け抜けて行ったのでしょうね(^_-)-☆

堤防などは無かったでしょうけど、当時の様子が想像できるような地形があるのが嬉しくて、画像で紹介させていただきました!