今日がんセンター受診しました。

 

CT画像を見て、「癌ではないでしょう」の一声。

 

ありがとうございますーーー。

 

とりあえず血液検査。

腫瘍マーカーが基準値を超えていたけど「気にするほどじゃない」との説明うけて安心しました。

 

来月、再度CTを撮って病変の変化を見ることになりました。

 

なんか大変なところから生還した気持ちです。

 

説明のなかで「健診は死亡率をあんまりさげないから、禁煙が第一」と言われて、さすがに禁煙の決意をしました。今、吸っている箱を最後に禁煙します。

ほんの少し、死について考えました。

 

自分がなくなるのが嫌だ。

末期の苦しみとか想像できない。

火葬されて骨になるのもヤダな。

 

今日、就職して離れて暮らしている娘が家に来ました。うちに車をおいて明朝、近くの駅から羽田に向かいます。北海道旅行に行きます。

旅行前に娘に知られないように。そのためには妻にも精検のことは内緒にしていました。

明後日、受診したあと内容によっては妻に話をしようと思います。

あるいは、検査を受けるまで内緒にしておいて、結果を聞きに行くときに話そうかと思います。

 

いつ話しても、動揺するでしょう。

 

子供にはいつ話そう。

 

なんだか興奮しているのか眠くなりません。

 

明日もエナジードリンク モンスターで力入れるか。

自分は初期の肺がんだとおもっていましたが、ネットに以下のような記事が

 

肺がんの初期は、ほとんどの場合で症状が見られない

肺がんが進むと、咳や血痰、息切れなどの症状が出やすくなる

症状の出た時には肺がんがかなり進行した状況であることが多い

 

半年くらい咳や痰が出ているのだから、かなり進行した状況?

毎年、肺がん検診を受けていたのに、発見されたときには既に進行した状況とは。

こりゃまいった。まいった。

要精検の連絡から1日経ちました。

 

もう、肺がんだと半ば諦めました。

 

仕事中もネットを見ていました。見るのは生存率。

5年はないかもしれないけれど、1年は大丈夫な感じ。

 

やりたいことのうち、1年でできることを考えました。

そうすると、やり残していることは、あまりないんです。

 

浮かんだのは、食べること呑むこと、友人知人に会うこと会うこと

定期購入している物や課金されているものなど整理

そして、家族との思い出づくり、くらいです。

 

慌てることもなく、瞑想でもしながらゆっくり過ごせそうです。

 

小さい頃から死ぬこと、自分が存在しなくなることが嫌で嫌でたまらなかった。

でも、必ずそうなる。その時はくる。

それが、2・30年先ではなく、数年先だとわかったということ。

 

妻に話すのは、病院へ行ってからにしようと考えています。

 

今思えば、半年くらい前からせきや痰が多かったな。

 

文章が飛び飛びなってるこど、まあ、いいか。

今日、がんセンターから電話がありました。

 

8月に受けた肺がん検診(CT)の結果、要精密検査となったとのことです。

 

早速、13日に予約を入れました。

 

すぐネットで調べました。

 

要精検のうち、がんは2~3%といので安心しましたが、考えてみれば、それはレントゲン撮影で要精検となってCTを撮った人における数で、CTを撮って要精検となった自分は、その確立ではない訳です。

 

死ぬのはとても嫌ですが、それなりに良い人生を歩めたとも思えるので、精検の結果を受け入れられるような気がしています。

 

このことは、家族にはまだ話していません。

なんか申し訳ないような気持ちです。

 

もしものときは、遺影用の写真を撮ったり、エンディングノートを書かねばと思います。

通夜、葬式で、自分で挨拶するビデオも撮りたいとか考えました。

 

悪い方に思考が向かっていますが、希望はまだあります。

病院では、たいしたことはしてもらえないので、柔道整復師のところへいきました。

 

そこは、ボキボキやるところで、直後は気持ちいいのですが、数時間しかもちません。

それでも、通えばよくなるかと思いましたが、数か月たっても変わりありませんでした。

 

次に整体を何か所かまわりました。

そのうち一か所で、首の後ろがアキレス腱のようになっていたのが、フニャフニャになり、これだ!となりました。季節の変わり目など通っていましたが、そこが、手技を変えてしまい効かなくなってしまいました。

 

そして、現在は鍼灸院に通ってます。

ある神社のお守りを二つつけています。

 

スピリチュアルなことは全く信じていませんでしたが、その神社でお守りを授かったらその瞬間、体の不調が治り、何か目に見えないものがあるのかもしれないと思いました。

説明された理論が正しいのか分かりませんが、相関はあるのかな。たとえ、気の持ちようだとしても、よくなるならやってみようと考えました。

 

その後、首や肩の具合がいいのは確かです。

 

御祈祷を受けたり、お守りを定期的に交換しています。

デイサービスに通っていますが、本人は仕事に行っているつもりです。

 

夕方、今日は何をしたかを聞いても、忘れていて答えられません。

 

今日は、夜中の2時頃から、衣類の整理をしていました。全然整理されていないのですが。

何を考えているのか全くわかりません。

 

幸い、家を出て行くと言ってはいません。

実は、しょっちゅう家を出て行くと、騒ぎを起こしています。

言い出すと、1・2時間なだめすかして思いとどまらせますが、いいかげん嫌になります。

 

自分は長生きしたいと思ってましたが、それも何だか分からなくなってきました。

呆けてしまえば楽になるなら、それもいいでしょうが、本人も楽そうには見えません。

 

物とられ妄想も激しく、家人はたまったものではありません。

 

今年で86歳。いつまで続くのやら。ん~。

職場復帰して1年間は順調に過ごせましたが。

 

人事異動が発表になり、ベテランが一人に抜けて、新入社員が一人入り、自分がその指導係に。

自分の仕事も変わり、不得意な分野を担当することになって、おかしくなっていきました。

 

まだ、大変さは何も実現していないのに、自分で自分を追い詰めてしまいました。

 

「自分には絶対無理だ」と一日中考えてしまいました。

 

4月になり、現実になると、何もする意欲がわかず、頭の中が堂々巡りです。

ものすごい勢いで頭の中が空回りしているような、まったく動かないような。

マニュアルを読もうとしても、次の行を読むと前の一行を忘れていて、何も頭に入らなくなりました。

 

そして、結局はまた仕事を休む事になりました。