もしも「胴体を回す」ことだけが動きの本質だとすれば、何故に私はそのことだけを考えて検証を続けることが出来ないのだろうか?

この答えはおそらく「私の腕が私の脳ミソに待ったをかけている」からである。例えるならば、属議員が急激な政治改革に猛反発する構図に似ている。つまり美味しい利権がいっぱいあるのだ。では私の中における「お腕様」は何の利権を守っているのか?

神経の数が一番多い→脳ミソに与える電気信号のバラエティーが豊富→脳ミソを支配しているという優越感、プライド?


はたまた「クラブと接触している唯一の窓口器官」であることの特別感?まさかクラブから賄賂をもらってるんじゃないか?

などと、どうしても私の腕がしゃしゃり出て来るわけである。ここはひとつ、自分の腕がでんでん太鼓のヒモになったつもりで、グリップはあくまでもクラブがすっぽ抜けないためという認識でスイングをしてみる必要がありそうだ。

自分の腕に悟られないように…