何故に人は夢を見るのか?


私が支持する考え方は京極夏彦の著書「うぶめの夏」の中で主人公の京極堂が説明している内容であり、それを私なりに解釈すると次の通りに。


夢は記憶の整理である。全身の感覚器で今日一日感じたこと…視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚などを脳ミソが整理する時間こそが睡眠であり、その間は情報のインプットを遮断している。そして記憶の整理はまるでPCのデスクトップ上で展開される作業と一緒で、新しい情報は形式付けられてファイル化、カテゴリー別にフォルダ内に収納するわけだが、脳ミソがどのフォルダに納めて良いか判断に迷う情報が来た時に、手当たり次第に自らが過去に作ったファイルを開いて照合作業をし始める。


まさにこの時なのだ…あの訳のわからない映像が出て来るのは。


つまり夢とは、過去の記憶との照合であり、未来という時間の概念は全く存在しない。ゆえに予知夢なるものの正体は、自分自身の忘れていた過去の記憶が紡ぎだした物語なのだ。自分が見聞きした、感じたこと以外は自分の夢には絶対出て来ない。