ありふれた表現だけど、気が付くと今年もあと僅か。
もうすっかり普通に暮らしているけど、月に1度血圧の薬をもらいにH先生の医院へ行くと、先生のPCの画面にしっかり病名が書かれていて、自分の病歴をしっかり思い出させていただいてます。ニュースを見ていてもやはり人の病気のことに目が行きがち。中でも藤崎マーケットというお笑いコンビの1人が、全く私と同じ病気、手術を経験していたというのには少なからず驚いた。まだ30代でしかも新婚さんだとか。早くみつかってよかったね。
また、残念ながら病半ばに倒れた方々のことも、これまでよりも深く知ろうとするようになってきた。どの時点で見つかったんだろう、再発だったんだろうか、どんな治療を選択したんだろうなどなど。他人の状況を知ったところで、進行や症状は1人1人違うと分かっているのに。
著名な人以外では、このブログにも書いたことがある職場のベテラン、トシさんが夏に亡くなった。抗がん剤治療の甲斐なく。付き添いの娘さんによると、最後まで自由気ままで、亡くなった日も病院の夕食はそこそこに、棚の中からどん〇衛を出して自分で作って食べてたらしい。それから4時間くらい後、娘さんも帰って1人で休んでいるときに容態が急変して亡くなったとか。周囲は病院スタッフからもう家に戻るのは難しいと聞かされていたらしいので好きに過ごさせていたのでしょう。最後は苦しまなかったのかな。
また、秋に仕事で取引のある会社のエラい人が80過ぎで亡くなった。上司に聞いたところでは70台中半からあちこちのガンの手術を乗り越えてきたそうだが、今年の春に「今回の(ガン)はもう取りようがありません」と医師に言われて、本人も周囲もある程度覚悟はしていたんだとか。どんだけエラい人でも最期はやってくる。イバッてた人なのか人格者なのか私は知らないけれど、弱ってきてる中、会社の人や家族はどんな風に接してたんだろう。
著名人に戻って、広島カープの赤松選手が胃癌を公表して今日で1年とか。手術後、意外と病期が進んでいたので、抗がん剤治療を数カ月経ての来季の復帰を目指しているとか。
翻って、抗がん剤治療も他の疾病の併発も今のところない自分は恵まれていると感謝しています。
ならば少しは節制すればいいものを、12月はなんだかんだの宴席や会合が多くて、飲む日が増えている。1年ぶりとかに顔を合わす人もちょくちょくいて「体はもうなんともないの?」なんて突然聞かれたりする。入院するときに明確に病名を伝えた人は限られているはずだけど「入院」くらいは伝えたというかイベントの欠席などの理由をいう際に伝えざるを得なかった人もいるので、
「この人にはどこまで伝えたっけ」
と?マークを頭に浮かべながら挨拶することもしばしば。
もうすっかり普通です。調子に乗りすぎないよう、H先生の診察室を思い出しながら。