3月、2人の子どもがそれぞれに高校・中学の卒業を迎える。ともに進学先も決まり、親はお金の用意や必要書類の取り揃えに走り回る日々。
諸々の煩雑な手続きをこなしていると、つくづくこの‘物入り‘な日々を無事に迎えられたことを有難く感じる。(とりあえず、今年の春は無事に迎えたいと強く願っていた。)
まあ、妻1人でもできただろうけど、2人の子どもの分が重なると結構面倒・・というか、いろいろな締切日に追われ、どれから進めるか優先順位付けに苦労する。私は銀行口座の開設や資金の準備、妻は洋服や日用品の準備と分担して進めていく。
そんな中、卒業式のシーズンとなり、上の子は制服がない学校なので、袴レンタルに。当日朝早く、学校近くの貸衣装屋さんまで送る。通っている学校は偶然にも私が生まれ育った街のほぼ近く。これまで学園祭シーズンに1,2度来たことはあるが、早朝にこの街を訪れるのは何年ぶりだろう。娘の着付けを待つ間、早朝の街を歩いていると40年前にタイムスリップ・・・はしないけど(けっこう変わったので)、自分も歳をとったものだとつい来し方に思いをはせてしまう。
中学・高校生を卒業するころ、自分は将来何になっていると想像していただろう。そして、おそらくはそのとおりになっていないけれど、気が付けばサラリーマンとしての残された期間もあと僅か。子どもたちが完全に巣立ったあと、自分の手元には何が残っているのか。子どもたちの進路も気がかりではあるけれど、自分はいい歳をして、大して成長していない、というか、成し遂げたものがないなあ、などと思ってしまう。
命の大切さを教えてもらったのだから、なにか生かせる方法を見つけたい。そんな思いで子どもたちの生活の変化を見守っています。