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あおもり HARDBOILED(はぁぁどぼいるど)

無意識的に どういうわけか逆主流

全ての理が通るのが当たり前と考えているから理不尽という言葉がでてくる。
世の中には通る理と通らない理があるということだ。
まだ青臭い私は理不尽さに憤慨することが多い。

世渡りがうまい人は、憤慨するなどというエネルギーの浪費を避けるうえで
通らぬ理には近づかぬだろう。

私は夢想かなのである。
夢が青臭くなかったら夢ではないと思う。
だから、いつまでも青いままでいるつもりだ。
今は通らない理というものも、いつかは通らせてやる心算だ。


侮辱は無視と決め込んでいる。

いや、      そうではないな

侮辱されるほど自分が青くとんがっているのだと嬉しくなるのだ。

20日夕方、久しぶりに高校時代の友人等とおでんをつつきながら酒を飲んだ。
その席で、同級生が13日に亡くなったことを知った。
彼は、1年から3年まで一緒の珍しいクラスメートであった。
それほど親密な仲ではなかったが、吉田拓郎が好きと趣味が一緒のこともあり何度か語り合ったことがある。
翌日彼のうちに線香をあげさせてもらいに伺った。

30くらいの若い奥さんと、今度小学生になる小さな女の子が出迎えてくれた。
遺影の友人の顔は、高校時代のふっくらとした紅顔のそれとは遠く、微笑んではいるものの相当やつれていた。
しかし、にっこり微笑んでいても力がある目は、まさしく高校時代の彼そのものであった。
奥様から話を聞くと、随分前に胃をほとんど取ってしまってから体調が思わしくなくなり、糖尿病の合併症も進んだ昨年はほぼ寝たきりであったという。
教員を辞してからは、彼の人望の厚さから教育関係の講演活動が主な仕事となっていた。
意思が強い男だったので無理もしていたと思う。しかし、その仕事もできなくなり、ストレスから飲酒量が相当増えていたという。
「アル中っていうんですか、そういう感じでした」と奥様はさらりと言う。そのやさしい言い方に、私は一種の幸福感をいだいた。杓子定規ではない、生の生活の奥深い感覚。
彼は病院で死ぬことを嫌い、そのとおり入院することなく自宅で息を引き取った。
奥様は彼の意思を尊重して介護しきった。昨年あった自動車事故の影響でむちうちとなっているにも関わらず・・
いかにも彼らしい最後だし、私も出来ればそうしたいと思っているが、家族に迷惑をかけることを考えると聊か気持ちが揺らぐ。
彼は本当に幸福な短い人生を送ったに違いない。

「なぎさ」ちゃんという無邪気な子供がいじらしかった。
でもあまりにも明るいので少し不思議な感覚を私は抱いていた。
奥様は私の気持ちを察したのか
「この子は霊感があるようなのです。主人の声が聞こえるようで仏壇で毎日お話しているのです。」
なぎさちゃんに、今お父さんはこの場にいるのか尋ねてみた。
すぐに「今いない」。少し遠くをみるようにして、仏壇に向き直り、その後私に「今盛岡にいる。おじさんと入れ替わりに出て行った」
「お仕事にいったよ。夜の11時に戻るって」

そうか、この世の寿命を終えて成仏するまでの四十数日間、かれはしっかり仕事をし、わが子に何かを語り続けるつもりなのだ。

なぎさちゃんは私とまだまだ遊びたかったようだが、私は又くることを約束し暇を告げた。
次の機会には私の子供を連れて行こう。
サメ軟骨を持ってくればよかったと思ったが、後で送ることにした。
奥様のむちうちに少しでも役にたってくれることを祈って。

風が強い中、我が家族が待つ某自動車ディーラーに向かいながら、私は、この世とあの世はやはりきちんと繋がっているように思えてしかたがなかった。
要は死ぬ際の苦痛だけがその間にあるだけなのかもしれない。その苦痛を取り除く方法があれば、と強く願う。
サメ軟骨。役に立ってくれよ。しらずしらずに声にだしていた。