この事件は未だに僕の中で全く色褪せない。1984~1985年に起きたグリコ森永事件だ。

実に様々な要素があり、全体像を把握するのが困難な事件だが(不謹慎だけど)本当に面白い。犯人(及び犯人グループ)って一体どんな人物だったのだろう?興味は尽きない。

 

僕にとってこの事件を不気味に際立たせている最大の要素は犯人の「言葉」、脅迫状(及び脅迫電話)の異様さである。脅迫状は100通をゆうに超える。まずこれ自体、尋常じゃない!この点を捉えても犯人は金銭目的だけではなかったと思わずにはいられない。むしろこの事件を通して、彼らは大いなる自己表現(存在証明、自己実現)を行っているかのように思える。不適切な表現かもしれないが、形を変えたアーティスト活動のような、そんなプライドすら感じる。もしくはチェ・ゲバラの聖戦のようなイメージを持っていたのかもしれない。マスコミに送りつけられた挑戦状は連日報じられ、犯人の言葉はベストセラー作家のような影響力を発揮していく。

 

まづしいけいさつ官たちえ

グリコは なまいき やから わしらがゆうたとおり グリコのせい品に せいさんソーダいれた

グリコを たべて はか場 え いこう (1984年5月9日 消印=大阪中央)

 

ひつこい おまわり さん たちえ

このまえの 森永の TEL あれ なんや サラリーマンはTELで りょおかい なんて いわへんで

(1984年9月23日 消印=京都東山

 

脅迫文は連日、全国紙に掲載された。そのことでスーパーやコンビニの棚から標的の菓子メーカーの商品を排除する狙いは見事達せられ訳だが、それ以上の強烈な社会不和のインパクトが植え付けられた。過激に真っ向勝負を挑んだ相手は巨大企業と警察機構。いわば国家権力そのものだ。犯人のお上に対する激しい憎悪と狂気じみた執着はどこから来たのか?一方ユーモアを交え、時に流行歌の替え歌で応戦したりする。そこが余計に空恐ろしいさを増幅させる。冷徹に事件を俯瞰するストーリーテラー、この大胆な構図はほぼ1人の男が絵を描いた。その事実に釘付けになってしまうよね。

 

全国のファンのみなさんえ

わしら もう あきてきた...ナカマの うちに 4才の こども いて まい日 グリコ ほしい ゆうて

ないている (1984年6月24日 消印=京都中央)

 

もちろん彼らのしたことは犯罪である。しかし事件終盤には、怪人21面相にある種のシンパシーのようなものを感じていた、と後にこの事件に関わった警察内部からも声が上がった。それぐらい犯人は「魅力的」だったのかもしれない。ウィットに富んだ表現で茶化し、時に冷徹な犯罪者の顔で言葉少なに脅す。全ての脅迫状の書き手はあのキツネ目の男であった。

 

クイズ NHK に おくった 青さんソーダで なん人殺せる でしょうか 

かいとうを おくってきた もんの なかから ちゅうせんで 10人に 青さんいり 森永せい品を おくります (1984年10月3日 消印=大阪南)

 

脅迫電話も有名なエポック、小説「罪の声(塩田武士)」のモチーフにもなっている。35歳ぐらいの女性の声、10歳ぐらいの男の子の声、そして1度だけ言語障害?のある子供の声のバージョンが残されている。(僕はこの障害の男の子の声は犯人が捜査の攪乱の為に仕掛けた罠だと思っている。なぜならあまりに特徴的であって、周囲の人から家族単位で疑惑の目が向けられやすい要素だから。そんなヘマをするとは到底思えない。)女性と男の子は血縁の可能性が高く、普通に考えればキツネ目の男の妻と息子だろう。彼らは家族で怪人21面相となった。声の男の子は今、生きていれば推定40前後になっているという。未だに彼らは誰一人捕まらず、この世界のどこかにいて、一切口を割らず、普通に(普通じゃないかもしれないけど...)生き伸びている。こんなロマンのある話があるだろうか?(重ね重ね不謹慎ですけどね)

 

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罪の声

 

静と動を使い分けた犯人。静とは文学的な脅迫状、一方で動である暴力装置もしっかり備えていた。グリコ江崎社長宅への強引な侵入による誘拐に始まり、グリコ工場への放火事件、数々の現金受け渡しでの警察との攻防、大捕り物のカーチェイスあり、アベックを拉致し現金受け渡し役に仕立てたりもした。そして青酸カリ入りの菓子を日本全国の店頭にばら撒いたのだ。怪人21面相はまさに二つの顔を持った犯罪エリートだった。

 

この事件で今でも分からない最重要ポイントは、キツネ目の男が脅迫状で暴露した通り、現金の受け渡しに本当に成功したのかどうか?グリコから6億獲った、他の会社からも数億円獲ったと書いてあるが、表向きは一度も成功していないことになっている。しかしあれだけの犯人がノーゲインで終息宣言するとは思えない。全てを警察に届け出て警察と行動を共にしたグリコと森永。ハウス食品は若干微妙なところもあり、陰で分からない部分がある。一方、ロッテはかなりの確率で裏取り引きに応じたとされている。そりゃそうだ。犯人の脅しを突っぱね、実際に青酸カリ入り菓子をばら撒かれて、損害額は100億を超えた企業を目の前にし、1億払えばきっぱり手を引くと犯人に明言されたら乗りたくなる気持ちも湧くだろう。犯人は実にうまく恐怖と報酬をチラつかせて揺さぶりをかけていく。事件終盤では犯人の言葉に信頼が寄せられていった面もあった。これは言行一致の犯人だ、きっちりと裏金を支払って早く収束させたい、という企業も出てきて当然だろう。各々の企業姿勢も悲喜こもごも、この事件であぶり出された興味深い深層だ。

 

一つだけ確かなことがある。キツネ目の男は怪人21面相のリーダーだった。これだけ派手に暴れまわったのに、終息宣言後は一切表に出ず、完全に地下に潜った。切れ味鋭い判断力、先の先を読み切る洞察力、そしてブレない意志の強さ、圧倒的な行動力をして本物のプロの悪だった犯人が、終息宣言をした理由。それはこの事件の途中経過では誰一人殺めていなかったが、最後にショッキングな出来事が起こったからだとも言われている。滋賀県警の山本昌二本部長が公舎で焼身自殺を遂げたのだ。この件から犯人の様子が明らかに変化していく。現金受け渡し現場で一度だけ大チョンボをし、寸でのところで捕まりかけたがそこでも強引に逃げ切ったキツネ目の男。運強さすら味方にしていた彼は、最後にこんな文章を送りつけて闇に消えた。

 

国会ぎいんのみなさん え 2

たたきあげの山もと 男らしゅうに 死によった さかいに わしら こおでん やることにした

くいもんの会社 いびるの もお やめや

まだ なんぼでも やること ある 悪党人生 おもろいで (1985年8月11日 消印=摂津)

 

グリコ森永事件は終息した。翌年の1986年からいわゆるバブル経済が幕を開けた。日本が最も経済的に輝いていた時代の入口でこの事件は起こっている。これに意味はあるのか、単なる偶然か?

知的好奇心を今尚、刺激し続けるグリコ森永事件。僕はいつかこの事件の真相を知りたいし、できれば物語を描いてみたいとも思っている。

 

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