生きていくのは大変です。
でも人は生きていくのです。
常に生きていく理由を探して。
なぜ生きる?
これは太古からの永遠のテーマです。
子供を持つ親はだいたいは子供の為に生きると言います。
しかし、もしかしたらそれは都合の良い理由に過ぎないかもしれない。
実際には自分の為に生きるというシンプルな生(性)への欲求を
人は中々ぬぐい切れないものです。
家庭を顧みず、泥沼不倫にはまるのもこれまた人の真なりです。
瀬戸内寂聴さんも若い時、夫と子供を捨てて不倫に走りました。
人間はそんなにキレイなものではないのです。
樹木希林さんのインタビューで面白かったエピソードが、
希林さんもまた犯罪を犯す女性に、
心のどこかでシンパシーを感じる、と答えています。
自分は犯罪者とは実は紙一重なのではないか?
たまたま女優という職業で生計を立てられて救われたが、
自分と犯罪者はほんの些細な違いで分岐しただけの
いわばパラレルワールドを生きてきただけ、
そういつも感じていると語っています。
西行法師も泣きすがる自分の子供を蹴り倒して家を捨てました。
敢えて修羅の道を選んでしまうのも、また人の真なりです。
メディアが富裕層の生活を煽ります。
一方でこの豊かな日本であっても6人に1人の子供が貧困層に属します。
この違和感。何なのでしょうか?
全く2つの真逆なものが、紙一重で隣り合わせに存在すること。
それを意識しながら生きていくことが、これからとても重要な視点のような気がします。