2月6日(日)
 
第144回芥川賞受賞作、西村賢太の「苦役列車」読みました。なんでしょう、この真っ黒で地味臭い表紙は。まあ、内容が内容だけに合っていると言えば合っているのですが…。この厚さにこの装丁で1,000円以上ってのはいかにも高い感じが…。まあ、内容が面白ければいいとしましょう。
 
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19歳の北町貫多は日雇いの港湾労働者。生来の粗暴で狷介な性格故友達もなく、中学卒業以来、先の見えないその日暮らしを続けてきた。学歴なし、カネなし、コネなし、仕事なし、友人なし、もちろん恋人もなし。その上父親は性犯罪者。自分で自分のことを底辺に生きる人間と決めつけてしまっているかのような貫多に、専門学校に通いながら港で働く日下部という友人が出来た。日ごと親密になっていく二人だったが、九州出身で両親の愛情をたっぷりと受けて育ち、器用で軽やかに世間を渡っていく日下部に対して貫多はやがて強烈な嫉妬と劣等感を感じるようになっていく…。
 
「平成の私小説」というのが売り文句らしいです。確かにこの20年の間に急増した親の世代より豊かになれない若者の今の姿が、私小説として描かれてはいます。しかし、なんというか…。フリーターのブログを読まされているような感じしか私は受けませんでした。怠惰にその日暮らしを続ける自らを、誇ることも卑下することもせず、酒におぼれては友人にからみ、あげくはぺこぺこと頭を下げて女を紹介してもらおうとする。たしかに、リアルな現実感はありますが、ここから一体何を感じ取ればいいのでしょう?そういう人もいるよな~で終わっちまいませんか?誰の心の中にだって働くのがめんどくさい、器用に世の中渡ってる連中がねたましい、たとえ可愛くなくても彼女がいる男はうらやましいという気持ちはあるでしょう。でも、そうしたネガティブな感情を押し込めて、バランスを取りながら自分の人生を自分なりに充実したものにしていこうと日々心の中であがいているというのが実態でしょう。そうした努力を一切せず、なんか親や時代やまわりのせいにしている主人公には全く共感できませんでした。私小説って、こんなもんだっけ?まあとにかく、ワシには合いませんでした。各所にちりばめられているやけに難しい言葉も、内容と文体に似合わない気取った感じがして逆効果。
 
★★☆☆☆(ホシ2つ)