9月22日(木)
西尾維新の最新作、「少女不十分」読みました。範疇的にはライトノベルの作家さんですが、人の悩みや苦しみを世の中にどのように位置づけるかという視点がきわめて健全で、凡百の作家にはないきわめて卓越した作家さんであるとワシは認識してます。ものすごいペースで量産される「物語シリーズ」の合間に書かれたらしいこの作品、”原点回帰にして新境地”という帯のキャッチが気になりますが、はたして?

主人公は作者自身。10年前、小説家志望の大学生だった作者は、ある事件がきっかけとなって、もとい、トラウマとなって、現在のように物語を紡ぐことが出来るようになったのだという。その事件とは・・・
作者は自転車での通学途中に痛ましい交通事故を目撃する。大型トラックに四肢を分断されて即死した少女。そしてその少女と一緒に小学校へ向かっていたもうひとりの少女は・・・すぐ後ろを歩いていた友人が悲惨な死を遂げたのを確認すると、やりかけの携帯テレビゲームにもどってきりのいいところまで進め、ゲームをセーブしてから友人の遺体に駆け寄り、泣き叫んだのだ。あまりにも異様なその光景に、作者は言葉を失う。しかし、彼は気づかなかった。その少女もまた、自分を見つめる彼の姿をしっかり記憶していたことに。
数日後、ひとり暮らしの作者の家に件の少女が侵入、彫刻刀で切りつけられ、脅された作者は、なんと小学四年生の少女に誘拐されてしまう。押し込められたのは・・・彼女の自宅の廊下にある物置。そして、悪夢のような10日間の監禁生活が始まるのだった。
いや~、傑作です。素晴らしい。相変わらず、この人は人間を見る目が健全です。今回のテーマは幼児虐待。でも、どっかの阿呆の作家さんのように、虐待された子供の運命を決定論的に語ったりはしません。「何とかの子」っていうどうしようもない小説のように、虐待された子供が人を愛せなくなるのは仕方ないことで、虐待された子供は必ず不幸になる、なんて馬鹿なストーリーにはなりません。
ワシがいちばん好きなフレーズを引用します。
――道にはずれた奴らでも、間違ってしまい、社会から脱落してしまった奴らでも、ちゃんと、いや、ちゃんとではないかもしれないけれど、そこそこ楽しく、面白おかしく生きていくことはできる。それが物語に込められたメッセージだった。僕であろうとUであろうと、誰であろうと彼であろうと、何もできないかもしれないけれど、生きていくことくらいはできるんだと、僕はUに語り続けた。――――
西尾維新さんの過去の作品からワシが読み取っていたメッセージが、彼の言葉で、彼自身の言葉ではっきり書かれています。なんだか、うれしくなってしまいました。
ラストも秀逸です。かなり甘い展開ですが、いいんです。これでいいんです。こうでなければならないんです。すごく幸せな最高の人生じゃなくたっていい。それなりに、自分なりに、彼なりに、彼女なりに、誰かと比べたりせず、あり得たかもしれない別な自分と比べたりせず、なんとなく満ち足りて幸せになれば、それでいいじゃない?先行きがあまり明るくなさそうなこの時代。一昔、二昔前のように、わかりやすい人生の目標が見いだしにくい今の若者たちに是非、是非読んでもらいたい一冊です。
★★★★★★(ホシ5つ以上)
軽妙洒脱な会話文がその中のかなりの割合を占めている作者の作品の中では極めて異例なことに、この物語の中には会話が1カ所もありません。まあ、地の文がまるで会話のように饒舌ではあるのですが。とにかく、お見事でした。