はじめまして。

東海地方の横に長い県のすみっこに住んでいる、さめこと申します。

よろしくお願いします。

 

プロフィール欄にも書かせていただきましたが、妊活の記録用にブログをはじめようと思い立って、3時間経過したところです(笑)

長続きするように、気の向いた方は応援してやってください。

 

さてさて。

まずはワタシが妊活をしよう!と明確に決意した経緯についてお話しさせていただく前に、ざっくりここに至った人生を振り返ってみようかと思います。

いろいろあったんすよ。

 

ワタシは、1981年に第一子長女として生まれました。(のちに弟と妹も誕生)

亭主関白な九州男児(長男)の父と、温厚で忍耐強い母に育てられました。

父は世にいう「長男教」の浸透しきった地域に生まれ育った、生粋の長男教信者。

「弟は跡取り。女は嫁に行ったら他人になる」と当たり前にいわれていました。

「親に恥をかかせるな」「長男が優先」「女は家事ができて当たり前」「男子厨房に入らず」が当たり前にまかり通る家庭でした。

(弟は見事なスルースキルを身に着けた大人になって、現在独身生活満喫中。おせちとか作っちゃうよ!結婚には興味ないみたいだよ!)

そんな家庭で育ったワタシは「女のくせに」という言葉に嫌悪感を抱くお子様として成長。

母の希望に反してスカート嫌い、ピンクもレースもリボンも嫌い!とズボンをはき続け、ショートカットを貫く小中学生時代を過ごしました。

その反面、男は男らしくという矛盾も持ち合わせていました。

 

そんな生活を経て、高校時代は九州のとある高校では歴代初の女子の生徒会長になって男性教員や男子生徒の反感を買ったり、かわいい後輩(主に女子)にモテたりする3年間を過ごし、迎えた進路問題。

ワタシは自立した女性に憧れると同時に、男と比較されず、しかも男に負けない仕事に就きたくて看護学校への進学を決めました。

 

看護師になったのは強烈なコンプレックスの裏返しでもあり、こんなワタシでも誰かの役に立てるかもしれないと思ったから、ということに気付くのはまだ少し先の話。

 

 

話長いな!

やっと人生の半分くらいのところまできたよ。

 

とりあえず今回はここまで。

次回は、就職してから友達増えたり、うつになったりした人生後編書きます。

 

さて、晩ご飯はなんにしようかな。。。