今日は阪神大震災から30年。

あの日、就寝中だった私はものすごい揺れと同時に、「天井が落ちてくるんじゃないか!?」と恐怖を抱きながら、布団の中にいた。

足がヨロヨロだったおじいちゃんは、枕を抱えて外に出ていた。

仕事中だった父は、尋常じゃない状況に慌てて母に電話をかけた。
周囲は「つながらない!」と騒いでる中、運良く父の携帯は母へとつながった。

みんな無事、家の中もなんら変わりなく損傷はないと伝えた。

京都市内でも大きな揺れだったのに、震源地はどうなっちゃったのか、すぐにテレビをつけた。

神戸の町が大変!
原爆でも落とされたのかと思うほどの、街の状況に涙が出た。

高速道路は横倒し、火災が広がっているところも。
逃げたくても逃げられない。
人々が、倒れた建物の下敷きになっている。
迫る火の海…

テレビで映される悲惨なまちは、憧れの神戸の街ではなかった。

あれから30年。
私が今の息子くんの年齢の時に経験した地震。
そして30年後の今日、私は同じ時間、同じ場所で家事をしていた。
時間になると、黙祷。

きっと嫁いで実家を離れてしまい、同じ場所で黙祷をするなんて、思ってもいなかった。
なのに私はここにいる。

大学っせいだった私が、一主義として。
今同じことが起こったら、私が家の下敷きになったら、火の海が迫ってきたら、あの時の被災された方々のように、「私はいいから逃げなさい!」って言えるだろうか?

最近、細かいのも含めて地震が多すぎる。
南海トラフ地震も、現実味を帯びてきた。

備えはできているか?
もう一度、ちゃんと災害に向き合いたいと思う。