正月三が日の間、早々に父方の本家から電話があった。

亡くなった父の従兄弟のお嫁さんが、亡くなったという訃報です。
田舎からの電話だと、も年齢的にも碌でもないものが多いし、嫌な予感もしました。

うちの両親がお仲人をしたお嫁ちゃん。
父の一番年齢が下のいとこということもあり、お嫁ちゃんも私と同世代。

具合が悪いて聞いてなかったし、うちのババさんは年末に電話で喋ってた。
「みんな変わりないよ〜」って言ってたのに。

田舎で親戚が集まる時など、年齢が近いこともあって、よくお話をしたりしてたお嫁ちゃん。
何があった!?

聞くと、去年のお盆、突然の下血。
病院に行き、色々と検査をすると、ステージ4の膵臓がん。余命3ヶ月と言われたらしい。

地元を離れて、こちら(京都市内)大きな病院に入院し治療をして、一旦良くなったらしく、後は地元の病院で治療を続ける…
そんな入退院を繰り返して、年末に最後の入院となり、そのまま意識混濁、お亡くなりになられたということでした。

父の従兄弟で、大きな病気をし、手術をし元気になった人もいます。
今回は、「もしかして!?」とその方を疑ったのですが、そうではなく、全く予想外の一番若手の父の身内。

親戚内ではショックが広がり、言葉が出ません。

昨日、朝早くから車を飛ばし、父方の田舎の方へ行ってきました。

久々に会う親戚はみんなそれぞれに歳をとり(私も含めて)、改めて「死ぬ順番が違うじゃん!」って思ってしまいました。

私も鬱がひどい時には、「死にたい」とか「消えたい」って思うこともあったけど、私が『死にたい』と思う日は誰かの『生きたかった』1日なんだ…と、心にズシーンと来ました。

家族「ごめんね」を繰り返して亡くなったと聞いて、簡単に「死にたい」なんて思っちゃいけないな…って。


命は天からの預かり物。
命を天に返してしまったお嫁ちゃん。
ちょっと早すぎたと思う。まだ返さなくてもよかったのに…

去年の年末に『あした死ぬかも』という本を読んだ。
死ぬ順番なんてないんだね。
明日があるって思って生きてるけど、必ずしもそうではない。

今ここで生きている自分に意識しようと思う。

年始から重い内容ですいません。