宝塚というと、女性だけの華やかな舞台という印象でそのきらびやかな世界は、ぼくにはまったく合わないので、東京に住んでいた時も観にいくことはなかった。
ところで、これは兵庫県の宝塚大劇場で起った事件だけれど過去にこんなにも大変な事故が起きたことがあったとは知らなかった。そしてそんな大事故があった翌日も、公演を再開する宝塚の非情さがまた凄すぎる。
● 「やめて…!」悲鳴の主は香月弘美
1958年4月1日、宝塚歌劇団で歴史に残る痛ましい事故が起こった。
兵庫県宝塚市の宝塚大劇場ではこの日、月組の21歳の新人・香月弘美(芸名、かつきひろみ)が急遽代役として出演。しかし公演の途中、親友である花組の松島三那子(芸名、まつしまみなこ)とセリに飛び乗った際、悲劇が——。
ところで、舞台におけるセリとは何か?
舞台の「セリ」とは、舞台の一部を四角く切り抜いて上下に昇降させる仕掛けのこと。役者や舞台装置を奈落(舞台下の空間)から舞台上へ登場させたり、舞台から姿を消させたりする演出に使われ、場面転換を早めたり、観客に驚きを与えたりする効果がある。
劇場ではこの日「春の踊り 花の中の子供たち」という花組の舞台公演が行われていた。本作は宝塚を代表する劇作家・高木史朗が演出をつけた公演であり、会場には3000人を超える観客が詰めかけていた。
兵庫県宝塚市の宝塚大劇場では、この日の公演「春の踊り 花の中の子供たち」に出演予定だった娘役が病気で休演してしまい急遽、別の団員が代役を勤めることになっていた。
代役となったのは月組の香月弘美(芸名、かつきひろみ)という21歳の新人団員だった。
「春の踊り 花の中の子供たち」はいくつかのパートに分かれており、香月が出演したのは第12幕の「トランプの国の宮殿」という演目だった。劇中のトランプ国では、王様の独裁政治により恋愛が否定されており、恋人同士だったハートの8とハートの7は国から追放されてしまう。
このハートの8を演じた娘役が月組の香月弘美で、ハートの7を演じた男役が花組の松島三那子(芸名、まつしまみなこ)だった。
宝塚に限らずだが、どの公演も1分1秒を無駄にできないスピード勝負である。ステージ下に移動するための昇降装置「セリ」を使う際も、完全に下に降りるまでゆっくり待つ時間はない。ある程度の高さで自らピョンと飛び降りる必要があった。
トランプ国を追放されるシーンに差しかかると、ハートの8とハートの7は姿を消すためセリへ移動した。事故が起きたのはこの時だった。
「やめて…!」
悲鳴の主はハートの8を演じる香月弘美だった。
● 松島の背中には香月の血が
香月のスカートがセリのシャフト(回転丸棒)に巻き込まれたのだ。そのまま身体を引き寄せられた彼女はまず右足をつぶされた。
さらにはスカートに仕込まれたスチール製のベルトもシャフトの餌食となり、回転に合わせて香月の腹部を尋常ならざる力で締め上げる。
松島はセリに同乗した親友が「セリに巻き込まれて怪我をした」と思い、「とめてー!とめてー!」と大声で叫びながら小道具部屋へ駆けていった。なお、この時すでに松島の背中には香月の血が付いていた。
そこでスタッフもようやく事故に気がつき香月の元へ向かったという。駆けつけると、彼女の身体は真っ二つに切断されていた。即死だった。香月が悲鳴を上げてから切断までわずか13秒ほどと推測されている。
血しぶきを浴びるほど間近で親友の死を経験した松島はショックで取り乱し、この日の公演も中止になった。しかし、残りの公演を中止するわけにはいかないと判断した宝塚歌劇団は、事故の原因となったセリの使用を控え、代役を立てる形で翌日4月2日から公演を再開している。
松島は彼女の親友かつ事故の一部始終を見ていた唯一の団員であったため、マスコミや警察関係者から「話を聞きたい」としつこく追われ続けた。事故から4日後の4月5日、宝塚歌劇団の事務所に突如姿を現した松島は、記者たちの前で「あの方(香月)の分まで舞台で精進するのが私の道と思う」と語り、引き続き宝塚のステージに上がることを約束した。
実は香月弘美以前にもドレスを挟まれた団員がおり、事故を未然に防止するために「セリに乗る方にお願い」という張り紙でもって注意を促していた。しかし、シャフトにカバーを付けるなどの安全対策は一切行われていなかった。
また、香月は急遽の代役であるなどイレギュラーな要因が重なっていた。この事故については後日「セリの安全対策を怠った」として舞台の責任者3名が書類送検されている。
そういえば、2023年に起った宝塚歌劇団(兵庫県宝塚市)の女性団員(25)が自殺した件もふと思い出した。花組に在籍していた東小雪さん(38)が取材に応じ、「宝塚」内のハラスメント構造の実態を語っていた。色々な問題を抱えて存続していると思えるが、組織改革は進んでいるのであろうか?
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