
「怒り」 2016年製作 日本
「怒り」という映画は見ている途中で気がついたが、2回目の鑑賞となる。「怒り」を最初に見た時に、あまり印象に残っていなかった自分は相当にボケていたようだ。『ぼくはこの映画の何をみていたのだろう?』と、思うくらい物語も役者もクオリティが高い。
当映画の監督は、興行収入が56億円突破で今年度No.1の呼び声も高い「国宝」の李相日(リ・サンイル)監督。
「怒り」は、吉田修一のミステリー小説を映画化。現場に「怒」という血文字が残った凄惨な殺人事件から1年後の千葉、東京、沖縄を舞台に三つのストーリーが紡がれる群像劇。市橋達也の事件をモデルにしたスリラー映画だけれど、犯人捜しというより、人間模様の描き方の熱量に打ちのめされる。
役者の演技合戦のような火花の散らし合いを感じるほど、それぞれのシーンに緊張感が漂っている。その中でも驚いたのが、松山ケンイチ。

彼が愛子(宮崎あおい)からもらった、彼女の父親の為に作った弁当を食べるシーン。人と交わることを避ける独特なゆがんだ表情で食べる、そのシーンから心が掴まれてしまった。
彼のインタビューで、『李組で求められたもの』について尋ねられた時に、このように語っている。
「生身な感じ。むき出しな感じ」と答えてくれた松山。
「生の感情を出すために、いろんなことを言われました。孤独になった感じを知ってほしいから『家族と離れてほしい』『どこかへ行ってほしい』『1人でいてほしい』『(田代と同じく)左利きで飯を食ってほしい』といったことです。役を表情や目線、佇まいで作るものではなく、自然に出てくるものとしてやれるようになってほしいということだったのかなと」。
松山ケンイチは、宮﨑あおいの役へのアプローチにも心を震わされたようだ。
「愛子の“危ない”感じと“どこまでもいっちゃう”感じはすごく紙一重。あおいちゃんはそれを見事に演じていました。あおいちゃんは共演者の人に助けてもらったと言ってくれていますが、僕もあおいちゃんに助けてもらったことがたくさんあります。愛子たち親子と電話でのやりとりをするシーンでは、声だけなのにちゃんと感情を動かしてくれました。謙さんもそうですが、その時に声ってすごい、役者さんってすごいと思いました」。
その宮﨑あおいが演じた愛子は、家出をして新宿をさまよったりと、危うさと純粋さをあわせ持った女性。原作には「ぽっちゃり」していると書かれていることも宮﨑のイメージとはかけ離れているが、彼女は体重を7キロ増量して、愛子役に臨んだ。
「本当に今までにいただいことがないような役で。でも私にこの役をいただけたということは、やはり意味があるはずだから挑戦してみたいと思いました」と意思を固めたものの、「正直に言うと、クランクインする1か月くらい前には『やっぱり入りたくないな…』という思いも一瞬ありました(笑)。愛子がどんな女の子なのか、どうやったらいいのかなかなかつかめなくて。クランクインするのが怖かったです」と恐怖を打ち明ける。
宮﨑あおいは、自らを限界まで追い込んで、身を削るようにして愛子という女性を探し求めた。
「簡単なシーンはひとつもないし、簡単にOKも出ない。台本を何回も何回も読んで、どこかに愛子が隠れていないかと探したりしました。
それに李監督の現場は、自ら脱いでいかないといけないような現場。アンテナを張りっぱなしにして、心臓を丸裸にして、お父ちゃん(渡辺謙)や田代くん(松山ケンイチ)の言葉を体に入れていく作業をしていたように思います」。
そのストイックさは、間近で目にしていた渡辺が「ひとつ違う世界に踏み込もうという思いを感じた」と驚くほどのものだったそうだ。
松山ケンイチと宮﨑あおいの言葉から監督の要求しているレベルは、演じるのではなく役そのものの人格に自分を変えてほしいという要求だ。その手法で作品を創るからこそ、それぞれの役者のすごさが引き出せたわけだ。
参照:『怒り』の松山ケンイチが語る、渡辺謙と宮崎あおいから受けた刺激
宮崎あおい『怒り』クランクインが「怖かった」。心を丸裸にした“慟哭シーン”