赤瀬川原平氏は、「自分の謎」という本で『鏡を見るのが嫌な人と、嫌でない人がいて自分は嫌なので困る』と、書いている。
なぜ嫌なのかと言うと、鏡を見ると人に見られるからで、鏡に映っているのは自分だけれど、その自分という人の目がこちらを見ているからという。
「そんなに見ないでくれ」と、本当はそう言いたい。と書いて「皆さんはどうですか。」と、問いかけている。
ぼくは鏡を見るのはそれほど嫌ではない。それは、鏡に映っている自分の目を避けて見るコツをつかんでいるからかもしれない。
鏡の中の目をまっすぐに見たら、自分の内面の反省につながってしまうから、あまり反省したくないので、真っすぐに鏡の中の自分の目を見ないようにしている。
また、年々もう自分の容貌は衰えるばかりなので、時間をかけて鏡は見ないし、鏡を見る目的の焦点を絞り、鏡の目に視線を行かせないようにしている。
なんてことを考えるようになったのも、最近のことで、以前は『鏡に、映った像の録画機能がついていて保存できたなら、便利なのに』なんてことを考えていた。
鏡よりはむしろ困るのがパソコンやテレビの画面にふいに自分の顔が映り込んでしまう場合だ。そんな時は「嫌なものを見た」と、とたんに気分が下がり、不機嫌になる。
植木等の持ちギャグのように「お呼びでない?お呼びでない?こりゃまた失礼しました」と言って、画面から自分の顔が消えてくれたら、どれだけ救われることか。
(ちょっとたとえが古すぎてわからないか・・・・)


