桜田淳子と三回尻たたきの”合同結婚式” | トリップちゃんねる

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テレビニュース番組では、「情報ライブ ミヤネ屋」が、毎回統一教会の追求で番組を構成していて、その姿勢には驚いている。ここまで掘り下げて時間をかけて放送するのは、並大抵の事ではないだろう。

ところで、統一教会といえば”合同結婚式”という不思議な儀式が存在する。

● お互いの尻を三回ずつ思いっきり叩き合う
元信者で、自身も1995年、2002年の二度合同結婚式に参加した冠木結心(かぶらぎけいこ)氏が言う。

「まず、結婚式に先立って行われるのが『21日修練会』です。私も式の半年前に千葉の教会施設で参加しました。全国から老若男女が集まり、21日間にわたり、教団の経典『原理講論』を朝から晩まで叩きこまれる。いかに人間は堕落しており、だからこそ、祝福婚をしなければならないのかを教え込まれるのです」

修練会が終わると、信者たちは所属する地元の教会に戻り、合同結婚式への参加を表明する。

「『国籍や学歴を問わず、どんな相手でも受け入れる』と誓いを立てるのです。その後、町の写真館に行って顔写真と全身写真を撮影しました」(同前)

週刊文春に書かれていて、驚いたのは新郎新婦がお互いの尻を叩き合う儀式が合同結婚式の後に待ち受けているという。

元信者で1992年の合同結婚式に参加したジャーナリストの多田文明氏が語る。

「蕩減棒(とうげんぼう)です。新郎新婦が一メートル程の木の棒でお互いの尻を三回ずつ思いっきり叩き合う。これによって原罪を祓うことができるとのことで、信仰心が強い人ほど思いっきり叩く。ホテルに戻って他の夫婦と一緒にやるましたが、お尻が痛すぎておかしくなったのか、みんな『馬鹿じゃないの? ハッハッハッ』と笑っていました。』

この“3回尻殴打”を終えると、日本人カップルは帰国の途に就くが、すぐに新婚生活を送れるわけではない。

「聖別期間と呼ばれる別居期間があります。国籍や所属する教会などによって異なりますが、最低でも40日間経たなければ家庭生活に入れません」(元信者)

合同結婚式に参加したカップルは、この期間に「家庭修練会」に参加することが求められる。ここで学ぶのが――、「三日儀式」と呼ばれる新婚初夜の過ごし方。いわば、統一教会流の“セックス講座”である。

「初夜から3日間にわたる性交渉の方法が書かれた冊子を渡されました。初日と2日目は女性が上位で、3日目は男性が上位となって性行為をすることが定められています。また、避妊も禁止されている。これは『神の子を産み増やすことが我々の責務であるのに、それを自らの意思でコントロールしてはいけない』と言われました」(冠木結心(かぶらぎけいこ)氏)

● 70年代を代表するトップアイドル桜田淳子
そして合同結婚式、と言えば想いだすのは、「♪ようこそここへ クッククック──」のショートカットに帽子姿の懐かしい元アイドル、桜田淳子の顔が浮かんでくる。



1992(平成4)年8月25日に行われた統一教会の合同結婚式。当時、桜田淳子、34歳。
何が衝撃的か──よりによって霊感商法で「反社会的」のレッテルを貼られた旧統一教会の信者だったこと、相手は教祖が勝手に決める見ず知らずの男性、さらに何百・何千組のカップルに交ざって集団結婚式を挙げる……。

「われらがアイドル淳子ちゃんはどうなっちゃったんだ!」往年のファンは腰を抜かさんばかりに驚いたものだった。

桜田は結婚前の会見でこう語っていた。

「見ず知らずの相手といっても、価値観が一緒で人生の目的、方向性が同じ人が集まるのだから、不安はありません。教会の教えは愛と性を大切にする。正しい家庭生活をスタートする上での厳粛な儀式と考えています。抵抗はありません」

桜田は式翌日に北京で映画祭に参加する仕事を控えていたことから、蕩減棒は実施せず、結局、夫との同居直前の9月下旬に日本で行ったという。

桜田淳子は秋田生まれ。同学年の森昌子に刺激され、日本テレビの人気番組「スター誕生!」に挑戦。決戦大会では史上最高の25社からプラカードがあがって14歳で歌手デビューした。「わたしの青い鳥」はじめ「夏にご用心」「気まぐれヴィーナス」「サンタモニカの風」などが次々とヒット。70年代を代表するトップアイドルのひとりにのし上がった。レコード売り上げは累計で600万枚といわれる。



旧統一教会の信者であると会見でカミングアウトし、ソウルの合同結婚式に参加した桜田淳子。当時34歳。当然のようにテレビのワイドショーに追いかけまわされ、仕事はなくなり、表舞台から消えた。

「1992年の合同結婚式は、桜田淳子のほかに新体操界のスター山崎浩子や人気テレビコメンテーターだった飯干景子も参加するということで、結婚式の2カ月前からすごい騒ぎだった。しかし、飯干景子が親族に説得されて脱会したり、山崎も結婚式のあとに失踪・脱会の騒動となり、むしろ統一教会にとっては大誤算。勢力拡大の一大PRイベントのはずが、ミソをつけてしまった。桜田淳子も旧統一教会の“広告塔”扱いされ、身を潜めるしかなかった」(芸能ジャーナリスト)

教祖・文鮮明が選んだ結婚相手の東伸行さんと一度は会見(東京・赤坂のTBS内)に臨んだ桜田だが、婚姻後はさっさと芸能界から身を引いてしまった。

●旦那の東さん、福井・敦賀での工場は廃業 
旦那の東さんは、福井・敦賀で「敦賀撚糸」という工場を経営していた。桜田は居を福井に移し、立て続けに3児をもうける。育児の合間には旧統一教会の集会で講演活動──。そんなママ兼広告塔の桜田の姿を撮ろうと、福井に通い続けるカメラマンもいたが、一度も取材に応えていない。

合同結婚式から8年後の2000年、敦賀撚糸は廃業。東さんの実家がある兵庫県西宮に引っ越したが、その後、上京して都内の高級マンションに移ったことがわかった。

その資金や生活費などはどうしていたのか。旧統一教会からの広告塔代か、それとも桜田の蓄えなのか。不明のままだ。

桜田が一度だけマスコミの前に姿を現したのは2013年5月のこと。デビューから所属していたサンミュージックの相沢秀禎会長が83歳で亡くなったときだ。通夜に参列した桜田は、遺影に向かって「来ましたよ」と声をかけたという。


「騒動が落ち着いたあと、桜田淳子の復帰の話は何度かありました。なつかしのヒット曲のようなテレビ番組ですね。でも相沢会長は、統一教会を脱会しないと無理だと言い、それで復帰番組は実現しなかった」(民放関係者)

桜田淳子の歌はそれほど印象に残らなかったのだけれど、NHKの連続テレビ小説での「澪つくし」(みおつくし)に、沢口靖子と一緒に出演していた時の女優としての輝きがぼくには、忘れられない。

統一教会の広告塔などにならずに、女優として活動し続けていたら、色々な名作映画などにも出演できただろうに、本当にもったいないとしか言いようがない。

参照:式の日はカップルで尻を叩き合い、初夜は女性上位で避妊は禁止
   桜田淳子と旧統一教会の45年…全盛期の19歳で入信