10月16日、「餃子の王将」を運営する王将フードサービスの前社長、大東(おおひがし)隆行さん(当時72)が射殺された事件の裁判で、京都地方裁判所は、殺人などの罪に問われた工藤会系組幹部の田中幸雄被告(59)に無罪を言い渡しました。

● 決め手を欠いた検察側の立証
判決で裁判長は、田中被告が犯人であると認定するには合理的な疑いが残ると指摘しました。

検察側は、田中被告の関与を示す証拠として、主に3点を挙げていました。現場付近に残され、被告のDNA型が検出されたたばこの吸い殻、硝煙反応が確認されたスクーター、そして事件前日に被害者の自宅付近を歩く人物を捉えた防犯カメラの映像です。

しかし、京都地裁は、いずれの証拠も被告を実行犯と断定するには不十分だと判断しました。

防犯カメラの映像については、人物の服装や外見などの特徴が一般的なものであり、被告本人と特定することはできないとしました。そのため、映像から被告が犯行に及んだと推認することは難しいと結論づけました。

現場に残されたたばこの吸い殻についても、事件当日に捨てられたとは限らず、第三者が持ち込んだ可能性も否定できないと指摘しました。また、硝煙反応が確認されたスクーターについても、証拠から認定できない部分があり、被告が実行犯であることを裏づけるものではないと判断しました。

こうして、検察側が重視した間接証拠はいずれも決定打にはならず、無罪判決につながりました。

一方、この事件には、実行犯の特定だけでは解明できない大きな謎が残されています。誰が犯行を依頼したのか、どのような組織や人物が関与したのか、そして、なぜ大東さんが命を狙われたのかという点です。

暴力団幹部が京都の企業経営者を襲撃するに至った背景には、何らかの依頼や指示があった可能性も考えられます。しかし、依頼者の存在を含め、犯行全体の構図を明らかにする証拠は、裁判で十分に示されませんでした。

事件の全容解明には至らず、誰がどのような目的で大東さんの命を奪ったのかという根本的な疑問が残されています。

また、この事件では、裁判員裁判の対象となる殺人事件でありながら、裁判員を選任せず、裁判官のみで審理が行われました。被告が指定暴力団の幹部であることを踏まえ、裁判員の安全確保が考慮されたためです。重大事件の審理に市民が参加する制度と、暴力団が関係する事件における安全対策をどう両立させるかという課題も浮き彫りになりました。

● 「非常に簡潔な判決だった」 弁護士の西脇亨輔氏が指摘
今回の判決について、弁護士の西脇亨輔氏は、検察側の立証が不十分だった点に注目しました。

西脇氏は「被害者の命が奪われたことは、厳然たる事実です。一方で、今回の裁判では、検察側の証拠について『不十分であり、犯人であることを証明できていない』という強い判断が下されました。非常に簡潔な判決だったと思います」と述べました。

一般に、重大事件で無罪判決が言い渡される場合、判決文が分厚いものになることも珍しくありません。しかし、西脇氏は、今回は比較的簡潔な内容になるとの見方を示しています。

「今回は非常に端的な判決です。おそらく判決文も薄いものになると思います。それだけ証拠が足りていなかったのでしょう。『これでは立証できていない』という結論が、明確に示された判決だと思います」と説明しました。

今回の判断は、事件の重大性や被害の深刻さとは別に、刑事裁判では被告が犯人であることを証拠によって立証しなければならないという原則を改めて示したものです。

● 無罪判決を受け、田中被告がコメントを発表
無罪判決を受けた田中幸雄被告は、10月16日、コメントを発表しました。

被告は、裁判長の判決を受けて「溜飲が下がるとともに、この4年の垢が洗い流された気持ちになりました」と心境を明かしました。一方で、犯人と疑われたことで人生が変わり、失ったものも戻ってこないと訴えています。

さらに、検察側に対しては「検察も人間ですから、間違うこともあります。過ちは過ちとして、勇気をもって振り出しに戻って、過ちを正され、真犯人を追っていただきたい」と述べ、改めて真犯人の捜査を求めました。

田中被告は、裁判の過程でも一貫して無罪を主張していました。

初公判の罪状認否では、「私は決して犯人ではありません。『決して』がつきます。任侠の志として濡れ衣の一つや二つ甘んじて受け入れます。だからと言ってセンセーショナルな事件まで到底承服できない」と述べ、犯行への関与を強く否定しました。

また、裁判が結審した際、裁判長から最後に伝えたいことがあるかと尋ねられると、「お一人お一人の肩をつかんで『私は犯人じゃなかとばい』、失礼しました。私は本当は犯人じゃありません!と伝えてまわりたいです!」と語気を強めました。

今回の判決によって、田中被告については有罪と認定するだけの証拠がないと判断されました。しかし、それによって大東さんを殺害した人物や犯行の動機が明らかになったわけではありません。被告の無罪と、事件そのものの解明は、分けて考える必要があります。

● 「お客さんがいちばん上、底辺が僕や」 大東さんが貫いた経営哲学
大東隆行さんは、経営危機に陥っていた王将フードサービスを立て直し、業績の回復に導いた人物として知られています。

経営者として強いリーダーシップを発揮する一方、現場を大切にし、従業員や顧客に寄り添う姿勢を貫いていました。周囲からは、熱意にあふれながらも、腰が低く、人情味のある人物として評価されていました。

大東さんが日頃から口にしていたのが、「お客さんがいちばん上、次が従業員、底辺が僕や」という言葉です。経営トップである自分よりも、顧客や店舗で働く従業員を優先するという考え方を、経営の基本に据えていました。

その姿勢を象徴する習慣が、毎朝、本社の周辺を自ら掃除することでした。誰よりも早く出勤し、ほうきを手に建物の周囲を清掃していたといいます。

その背景には、「全国の店舗を回った時に、本社が汚かったら店を注意しても説得力がない」という信念がありました。現場に改善を求めるのであれば、まず経営者自身が率先して行動しなければならないという考えです。

しかし、事件当日の朝も、大東さんは清掃のために早く出勤したところを襲撃され、命を奪われました。日々の仕事に真摯に向き合っていた経営者が、いつもの習慣の中で犠牲になったことは、事件の悲劇性を際立たせています。

● 王将フードサービスをめぐる過去の不適切取引と事件の背景
事件の背景を考えるうえで、王将フードサービスが過去に行っていた不適切な取引も重要な論点です。

2016年に公表された第三者委員会の調査報告書では、同社が過去に特定の企業グループとの間で、多額の不動産取引などを行っていたことが明らかになりました。この企業グループには、反社会的勢力との関係が疑われる人物が関わっていたとされています。

報告書によると、取引額は約260億円に上り、そのうち約176億円が未回収となっていました。経済的な合理性に疑問が残る取引が長期間続いていたことは、企業統治のあり方を問う問題となりました。

大東さんは、経営の立て直しを進めるなかで、こうした過去の不適切な取引の整理や、反社会的勢力との関係を断つための取り組みに向き合っていたとされています。

そのため、過去の取引をめぐる利害関係が、事件の動機と結びついているのではないかという見方もあります。ただし、こうした背景が実際に犯行につながったのか、誰が関与したのかについては、今回の裁判で明らかになったわけではありません。

無罪判決により、事件は発生から10年以上が経過した現在も「真犯人が野放しで、犯行の全容も闇の中」という実質的な迷宮入り状態に陥っています。企業の過去の闇(不適切取引)が引き金になったとみられるものの、司法の手でもその全貌を暴くことができなかった点が、この事件の最も深刻な問題点と言えます。

 

参照:【解説】“餃子の王将”社長射殺事件で暴力団幹部に無罪判決 検察側は「証拠不十分だった」
   【速報】「真犯人を追っていただきたい」「餃子の王将」運営会社社長“射殺事件”で無罪判決
  「「餃子の王将」社長射殺事件「私は決して犯人ではありません」ヒットマン全面否認」の詳細