1987年公開のドキュメンタリー映画『ゆきゆきて、神軍』は、元帰還兵・奥崎謙三を追った作品です。「神軍平等兵」を名乗り、昭和天皇の戦争責任を過激に追及していく奥崎の行動を記録しています。
● 死の直前まで「馬鹿野郎」と周囲に
奥崎は何ものも恐れず、自身の信念に従って突き進みます。訪問先の元軍人の家族の前でも暴力に及ぶ場面があり、見ている側は終始はらはらさせられます。しかも相手は老いて体の不自由な高齢者で、60代の奥崎が向き合う姿は、いわば老人同士の衝突です。その痛々しさは、より強く胸に迫ってきました。
奥崎の理念そのものはさておき、常識の枠を大きくはみ出した彼自身の存在が強烈で、一度見たら忘れられない印象的なドキュメンタリーでした。ただし、ラストは突然フィルムを切ったかのように終わり、締めくくりとしてはやや物足りなさを感じました。
2005年、奥崎謙三は神戸市内の病院で亡くなりました。報道によると、死の直前まで「馬鹿野郎」と周囲に怒鳴っていたそうです。一方で支援者の話では、入院中に「みんな、良うしてくれます」と漏らしていたともいいます。死後まもなく自宅は解体され、現在は駐車場になっています。
実は奥崎本人は続編の制作を望んでいたそうです。ぼくも、できることなら原一男監督の別の映像で再び奥崎謙三を見たかったので、監督にその意志がなかったという話は残念でした。
作品鑑賞後、奥崎謙三について書かれた記事をいくつか読みましたが、にわかには信じられない内容にも出会いました。『ゆきゆきて、神軍』の後、彼がAVに出演していたというのです。しかもSM的な設定だったと知り、戦争責任を追及してきた人物が、どこで道を踏み外したのかと唖然としました。
その疑問もあって、原一男監督の著書『ドキュメント ゆきゆきて、神軍[増補版]』を購入しました。以下は、その本から抜粋し、ニューギニアでの出来事を紹介します。
● これは神様のご褒美だと思うんです
太平洋戦争末期の昭和19年(1944年)、ニューギニアの戦地で捕虜となり一命を取り留めた村を訪れたいという希望により、撮影隊は目的地のニューギニアへ向かいました。
ある日、奥崎は原監督に「体が凝っているので、マッサージをしてもらおうと思います」と話します。原監督は旅の一場面として撮影しようと考え、奥崎に許可を求めました。奥崎は特に抵抗もなく「いいですよ」と応じます。
撮影は順調に進み、4〜5カット回したところですぐに切り上げました。翌日の遅めの朝、奥崎はひとりで食事をしていました。原監督が「おはようございます」と声をかけ、同じテーブルに座ります。
原監督は、奥崎が妙に上機嫌なのが気になりました。しばらくして奥崎は、「黙っていようかと思ったんですが、原さんだけには話しておこうと思いましてね」と切り出します。原監督は嫌な予感を覚えます。
「昨日、私、セックスしたんです」
思わず原監督は絶句します。
「原さんが悪いんですよ」と奥崎は楽しそうに続けました。
「あのマッサージの女性に『私とセックスしていただけませんか』と頼んだんです。もちろんお金を払いました。すぐ了承してくれましたよ。原さんが撮影したでしょう。だから私が偉い人だと思われたみたいですね」
さらに奥崎は、「これは神様のご褒美だと思うんです」と声を弾ませます。
「私はこれまで、人類を幸せにする世の中を作るために頑張ってきましたからね」
原監督は、この出来事が奥崎の晩年に見られる“性への執着”の前触れになるとは、この時点ではまったく気づいていなかったそうです。
その後の経緯については、『ドキュメント ゆきゆきて、神軍[増補版]』の「老テロリスト その哀しき性」という章に詳しく書かれています。
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