田中角栄と言えば、雪深い新潟の農家に生まれ、小学校卒の学歴から54歳で首相に登り詰め、「今太閤(現代版豊臣秀吉)」ともてはやされた。その裏で政治手法には批判が絶えず、不透明な資金源に対する「金脈疑念」もくすぶり続けた。
その「田中角栄を殺すために記す」という過激なメッセージが書かれている店のシャッターを、奥崎謙三が開けるところから、1987年製作のドキュメンタリー映画「ゆきゆきて神軍」は始まる。
奥崎は結婚式で媒酌人を務め、スピーチで友人の犯罪歴を語り、また自分が人を殺して刑務所に入った事があることにも触れる。前科を持つ者同士の不思議な縁を奥崎はたんたんと語る。「花婿ならびに媒酌人、共に反体制活動をした前科者であるがゆえに実現した、類稀なる結婚式でございます」
結婚式にもっともふさわしくない人にスピーチをお願いしたようにも見えるが、それだけ式を挙げた花婿と絆が深い関係のようにも思える。
奥崎は亡くなった戦友の墓参りをしているうちに、ニューギニアで終戦を迎えたにもかかわらず、二人の兵士を“敵前逃亡”の罪で上官たちが処刑していた事を知る。遺族を連れてかつての上官の家を訪ねては、真相究明と責任を追及する。
その中で、戦争中に食べるものがないという極限状況の中、人間の肉を食べるということが行われていた事も明らかにされていく。それが、戦争に行った時のかつての上官の、家族のいる前で発言し追求していくことに驚く。
奥崎は相手から反論されると、怒涛のごとく語りまくる。そして興奮するといきなり暴力に訴える。彼の中では、真実の追求の為ならば、”暴力も問題ない”という認識だ。暴力に訴える様子を見たなら家族は当然、警察を呼ぶだろう。しかし相手に呼ばれる前に、奥崎自ら警察を呼んでしまう。病人に暴力行為を行った後で、自分で救急車を呼ぶ事になったこともある。
何かを行動するときに、警察に通報されることも彼の頭の中ではセットで考えているようだ。
奥崎氏は自己紹介をする時に、誇るように3点の事を述べる。天皇にパチンコ玉を撃った事や天皇ポルノビラを撒いた事。(これは、天皇の戦争責任を直接的に問う行動だったという。)また、不動産の悪徳業者を殺害し10年間、刑務所に入っていたこと。
奥崎は1983年に元中隊長宅へ出向き、応対した息子に発砲して殺人未遂罪で逮捕される。
原一男監督曰く『服役中だったから映画が完成したのです。編集の時に奥崎さんが横にいたら、あれこれ口を出してきて完成しなかったでしょう。映画が公開されてほどなく、天皇が病に倒れ、世間は自粛ムードになりました。完成が1年遅かったら公開出来なかった。奥崎さんは「原さんは監督じゃない。神が演出しているんだ」と言っていた。僕もそう思います。この映画が生まれたのは奇跡でした。』
参照:たった一人の過激な抵抗 原一男「ゆきゆきて、神軍」
