2003年6月20日に福岡県福岡市の民家で、中国人留学生三人による親子4人が殺される事件が起こった。この事件は一家4人が突然、惨殺されて重しをつけられて海に投げ込まれるという、残虐性の高い事件だった。

犯人の3人が全員20代前半の、今まで犯罪と関わっていたとは思えない人物であったことでも忘れられない事件だ。犯人は、いずれも中国からの留学生で、楊寧(ヤン・ニン)(当時23歳)、王亮(ワン・リャン)(当時21歳)、魏巍(ウェイ・ウェイ)(当時23歳)の3人。

● 4人の遺体を博多湾に遺棄
2003年6月20日未明、魏巍(ウェイ・ウェイ)は、中国籍のほかの2人と共謀して、福岡市で松本真二郎さん(当時41)方に侵入。妻千加さん(同40)を浴槽に沈め、真二郎さん、長男海君(同11)と長女ひなさん(同8)を首を絞めて殺害。4人の遺体を博多湾に遺棄した。

7月28日に、小野一光氏による中国留学生の犯行方法に関する文章が、今まで事件に関して書かれた文章に追記の形で「文春オンライン」にアップされた。「福岡一家4人殺害事件」に関する小野一光氏の文章は、写真だけの頁を除いて合計32ページにも該当する。

福岡一家4人殺害事件に関する32ページを読み込んでも、釈然としないものが残るのは何故か。

強盗目的にしては奪われた現金が約4万円と少なすぎる。逮捕された中国留学生の3人以外にも共犯がいるのではないか。魏(ウェイ)死刑囚は殺人については容疑を認めたものの、『首謀者ではない』と主張していた。

事件被害者の遺族の1人は「寝ている孫まで殺した。これほどひどい事件を普通の留学生が起こしたことに納得できない」と話す。捜査結果に納得せず再捜査を求めている者もいる。

そして気になるのは被害者の松本真二郎さんが、商売にするつもりで大麻を育てていた。警察も大麻の栽培や、販売ルートとなどを巡って、組織(暴力団)と揉めたのではないかと疑ったという。大麻の件は事件とは無関係なのか。

● 日本にいることを忘れられる
事件に至るまでの背景を追っていきたい。

魏(ウェイ)は地元の高校卒業後、大連で日本語を学んで2001年に来日した。貿易を勉強したかった。工芸家の父にも「近い先進国」と勧められた。福岡市の日本語学校に入り、翌年と翌々年に福岡大を受けたがだめだった。

日本に残りたいが、学費や生活費を自分で工面できない。来日から2年間で300万円以上をくれた親には頼れなかった。そんなとき、専門学校の教室でネットカフェのチラシを見つけ、行ってみた。そこは中国だった。同胞が大勢いて、夢に出てきた中国語が飛び交っていた。「日本にいることを忘れられる。休める『港』だった」。

1歳上の中国人店長は優しかった。専門学校に掛け合って授業料を半額にしたうえ、学費にと30万円を貸してくれた。店長は兄に思えた。いまも「『恩』の一言しかない」と養母あての手紙に書く。

魏(ウェイ)は、通い始めた福岡市内のインターネットカフェで、店長のK(逮捕時25)と知り合う。店長を慕う中国人の中に王亮(ワン・リャン)がいた。2003年4月14日ころ、魏(ウェイ)は、店長の紹介で王と知り合い、王と同居していた楊寧(ヤン・ニン)と友人になった。

● 数千万円程度の銀行預金がある
4月から同年5月ころにかけて、Kの元アルバイト先である飲食店の経営者方における強盗、楊寧の元アルバイト先である飲食店店長方における強盗、楊寧のアルバイト先である飲食店における窃盗、中国人女子留学生を使った売春等を次々と計画し、犯行用具を購入するとともに、下見を行うなどして犯行の準備を進めた。

魏、王、楊及びKは、窃盗などの犯行を次々と繰り返していった。しかし、多額の金員を手にすることができなかったことから、ますます犯罪傾向を強めた。金銭を強取した後、犯跡を隠蔽するため、被害者を殺害することを企図するなど次第に犯行計画をエスカレートさせていった。

2003年6月中旬、楊寧(ヤン・ニン)はアルバイト先へ通う途中で見かけた松本さん宅を見て高級乗用車(ベンツ)が駐車してあったことから「松本さんの家には数千万円程度の銀行預金があるに違いない」と考え、王(ワン)・魏(ウェイ)に対し「金を持っていそうだ」と強盗に入ることを提案した。

6月17日ころ、死体を埋める場所を探すため、福岡市城南区方面の山を下見するなどした。道に迷うなどした上、被害者方家族全員分の死体を埋める穴を掘るのが大変であると考えたことなどから、死体を山に埋めるのを断念し、重りを付けて海中に投棄することに方針を変更した。

同日ころ、福岡市東区箱崎ふ頭を自転車で下見し、同所の海中を死体遺棄場所とすることに決めた。また、3名は、松本真二郎方のベンツの処分方法や死体に付ける重り等について相談し、ベンツは死体から遠く離れた場所に放置すること、死体に付ける重りには、ダンベルを使用することなどを決めた。

2003年6月20日未明、3人は松本さん宅に侵入。まず、入浴中の妻千加さんを約10分間にわたり浴槽の湯の中に押し込み殺害した。その後、2階で寝ていた長男海君を絞殺した。さらに、長女ひなさんを人質に取り、帰宅した真二郎さんを脅迫した。

真二郎さんは「その娘を殺さないでくれ。」と哀願したが、犯人たちは聞き入れず、最終的に長女ひなさんも殺害した。真二郎さん自身も暴行を受けた後、まだ息がある状態で海に遺棄され殺害された。この一連の犯行で、犯人たちが奪ったのは現金約37,000円とキャッシュカード、預金通帳のみだった。

楊寧(ヤン・ニン)は、松本さん宅で強取した現金が約4万円弱にすぎなかったこと、強取したキャッシュカード等に係る預金口座は残高が乏しいことから、危険を冒してATMで現金を引き下ろすだけの価値がないことを二人に伝え、ATMでの現金引き下ろしをしないことに決めた。

● 中国の両親に手紙を出すつもり
遺体は、博多港で発見された。遺体には錘がつけられ、手錠がかけられていたことから、警察は強盗殺人と断定し捜査を開始した。事件後、王亮(ワン・リャン)(29)と楊寧(ヤン・ニン)(当時25)の二人は犯行後に中国に逃亡したが、中国公安当局によって逮捕された。

2005年1月楊寧(ヤン・ニン)には死刑、王亮(ワン・リャン)は「自首し、事件解明に協力したとして無期懲役となった。

この事件では、日中間の捜査共助が重要な役割を果たした。特に、中国で作成された供述調書が日本の裁判で証拠採用されたことは、国際捜査の先例として評価される一方で、黙秘権がない中国の調書を問題視する意見もあり、議論を呼んだ。

魏巍(ウェイ・ウェイ)被告は、日本に残り、後に逮捕された。最高裁は2011年10月20日に魏巍被告の死刑を確定した。判決当日、小野一光氏は魏巍被告の最後の肉声を聞いていた。

「判決が出て心が落ち着いたら、中国の両親に手紙を出すつもりです」

10月20日、福岡拘置所の面会室で、坊主頭に銀縁眼鏡をかけた魏巍被告は、はっきりと日本語で口にした。両親には強盗殺人などで再逮捕された7年前、『悔』と1文字だけ書いた手紙を送って以来、手紙を出していない。

2019年12月26日に魏巍被告の死刑が執行された。

参照:福岡一家4人殺害事件 サードペディア百科事典
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