2003年6月に起きた福岡一家4人殺害の事件を、ノンフィクション作家の小野一光氏が文春オンラインで1月31日に記事にしアップしていた。1月17日もこの事件に関して記事にしており、写真だけの頁を除いて合わせて全体で15ページという長い記事だ。

犯人は中国留学生の3人で、そのうち2人は事件後に中国に逃亡した。

● 足にバーベルや手錠
魏巍(ウェイ・ウェイ)被告(30)は事件後の8月2日に中国に帰郷する計画をしていたが、警察に逮捕されている。死刑判決を受けて2019年12月26日、死刑が執行された。外国人の死刑は2009年以来10年ぶりのことだった。

一方、中国で身柄を確保された、楊寧(ヤン・ニン)(当時25)には死刑、王亮(ワン・リャン)(29)は「自首し、事件解明に協力した」として無期懲役となった。

魏(ウェイ)死刑囚は中国人の男2人と共謀。2003年6月20日、強盗目的で福岡市東区の衣料品販売業、松本真二郎さん当時(41)方に侵入した。松本さん夫妻と長男、長女の一家4人は自宅で絞殺されて、足にバーベルや手錠などをつけられ、海に沈められていた。

手錠は台湾製でダンベルは中国製だったが、それぞれの製品を九州地区内で販売しているのは、量販店のYのみだった。

捜査員が被害者宅の近くの地域での聞き込みを行ったところ、5月31日に、20歳代の男が手錠2個を購入していた。さらに同じ男が6月18日に手錠2個とダンベル2セットを購入し、その購入状況が店内の防犯カメラに残されていることが、確認された。

そうしたなか、「日本語学校の『K』に在籍していた男とそっくりだ」との声が寄せられる。男は中国人でその名は王亮(ワン・リャン)という。捜査員が調べたところ、福岡市東区のアパートで楊寧(ヤン・ニン)という男と一緒に住んでいることがわかったが、2人は事件から4日後の6月24日に、福岡空港から中国に向けて出国していた。

● 数千万円程度の銀行預金がある
留学生たちは、どのようにして松本一家に目をつけたのか?


2003年6月中旬、楊はアルバイト先へ通う途中にあった松本さん宅を見て高級乗用車(ベンツ)が駐車してあったことから「松本さんの家には数千万円程度の銀行預金があるに違いない」と考え、王・魏に対し「金を持っていそうだ」と強盗に入ることを提案した。

犯人の楊寧の中国の実家に行った作家の小野一光氏が、彼の父親から聞きだした。

「私は月収1000元(約1万6000円=当時、以下同)しか貰っていない建築会社の社員です。しかし留学には十数万元(160万円以上)かかります。私は自分の一生を賭けるつもりで親戚から借金をし、息子を日本に送り出しました」

「私はうちの息子がこの事件に関わったとは、どうしても信じられないのです。息子は小学校以来、学生時代に一度も悪いことをしたことがありません。それに我が家では、非常に厳しくしつけを行っていました。たとえば、学校が終わると寄り道はせず、時間通りに家に帰るように決めています。

また、悪い子と付き合わないように、インターネットカフェにも行かせず、自宅にパソコンを買い、接続を制限しました。悪い習慣をつけないようにしようと、考えていたのです……。息子は親の言いつけをよく守る、親孝行な子です。人情のわかる子です。おいしい食べものがあれば、残してお母さんに食べさせますし、無駄遣いもしません……」

「私たち父と母は、日本で苦労している息子を全力で支えようと考えていました。息子は日本でアルバイトをたくさんやって、3、4時間しか寝られないことがあると聞いていました。そんな息子をなんとかして支えようとしていたのです。節約して、自分たちがおいしいものを食べなくても、子供のためになることをしたいと考えていました。

これは世界中の両親はみんな同じ気持ちのはずです。こんなに一生懸命な思いでお金を出して、勉強をさせて、そんな子供が悪いことをするはずがないと信じたいです……」

その父親の語った内容からは楊(ヤン)が、一家4人殺害を実行した犯人のイメージと一致しない。

● 「そうですね」と少しだけ口を開く
また、別の河原一郎氏の記事で、日本で死刑となる以前に魏巍(ウェイ・ウェイ)被告(30)と9回、面会したという記事がある。こちらも、魏が何か隠している事があるのではないかとおもわれる内容となっている。

魏(ウェイ)は、河原氏が事件のことを聞いても何も答えなかったという。

丸刈りで、銀縁のめがねをかけた魏被告は視線をほとんど合わさない。雑談では「そうですね」と少しだけ口を開くが、事件の問いにはまったく答えない。

魏は地元の高校卒業後、大連で日本語を学んで2001年に来日した。貿易を勉強したかった。工芸家の父にも「近い先進国」と勧められた。福岡市の日本語学校に入り、翌年と翌々年に福岡大を受けたがだめだった。

日本に残りたいが、学費や生活費を自分で工面できない。来日から2年間で300万円以上をくれた親には「今度だけはどうしても助けを求めたくない」と頼れなかった。

そんなとき、専門学校の教室でネットカフェのチラシを見つけ、行ってみた。そこは中国だった。同胞が大勢いて、夢に出てきた中国語が飛び交っていた。「日本にいることを忘れられる。休める『港』だった」。

1歳上の中国人店長は優しかった。専門学校に掛け合って授業料を半額にしたうえ、学費にと30万円を貸してくれた。店長は兄に思えた。いまも「『恩』の一言しかない」と養母あての手紙に書く。

店長を慕う中国人の中に王亮(ワン・リアン)がいた。魏(ウェイ)は、店長の紹介で王と知り合い、王と同居していた楊寧(ヤン・ニン)・と友人になった。その後、店長らと強盗や盗みをした。最後に一家を殺して約3万7千円を奪った。魏の取り分は1万円だった。

● 最大の希望は事件の真相を知ること
 王受刑者と楊元死刑囚は事件前、帰国を考えていた。王は「たくさんのお金を私にかけてくれた親に申し訳ない。せめて少しでも金を持ち帰ればメンツが立つ。楊も同じ思い」と供述した。その手段に強盗殺人を選び、「2人では足りない」と魏を誘った。

「命で謝罪するつもりです。足りないことはわかっていますが、これ以外にできることがありません。何ができるかわからず悩んでいます」。魏は養母への手紙にそう書くが、事件には触れない。拘置所で面会した父(56)に対しても同じだ。床に正座してうつむき、一言も発しなかった。

父は「息子の命を救うことは望まない。最大の希望は事件の真相を知ることだ」と語る。利用されやすい、悪い仲間と知り合った――。思い当たる理由はある。だが息子からは「悔」と1字のみ書かれた手紙が1通来ただけだ。

養母も自らの言葉で事件を語るよう求める。だが1月に届いた手紙で「お母さんが別の道に導かれようとなされても、なかなか望み通りに行けません」と拒む。

この事件で殺害された松本真二郎さんだが、職業は衣料品販売業と発表されているが、もともと彼は「飲食業」に長らく従事していた。彼の奥さんの親族がやっている衣料品販売会社で夫婦で働くようになった。その前には韓国料理店を開き、焼肉店の2号店まで出して繁盛していたようだが、狂牛病の影響で店をたたんでいる。それが2002年2月のこと。衣料品販売会社を始めたばかりの矢先にに、家族4人は不幸に巻き込まれてしまった。

気になる情報としては、松本真二郎さんが福岡市中央区に借りていたマンションで、大麻を栽培していたということ。

● 組織(暴力団)と揉めたんやないやろか
松本さんの知人は、当時の状況を明かす。
「話をしたのは松本さんたちの遺体が発見されて間もない頃です。最初、海で見つかったということから、借金を苦にして、真二郎さんが自殺したんやないかと思っとったんです。そうしたら殺しだという。そこで可能性があると思ったのが、真二郎さんが関わっていた大麻の栽培のこと。販売ルートとかを巡って、組織(暴力団)と揉めたんやないやろかって……。

ただ、私が話を聞いていたのは、真二郎さんが商売にするつもりで大麻を育てていたということだけで、具体的にどこのマンションでやっているかとかは、知らなかったんですね。だから、その情報をもとに警察が場所を調べたんでしょう」

この知人によれば、捜査員は当時、真二郎さんの周辺で暴力団関係者と繋がりを持つ人物を中心に、捜査を進めていたという。事件と関わりがある情報は何もなかったのであろうか。

中国留学生3人が、残忍な殺人を犯すに至った別の理由、もしくは影の人物がいたのではないか?

 

被害者遺族の中には「強盗目的にしては奪われた現金が約4万円と少なく、貴重品(カメラなど)が残されていた点など、不審点が多数ある。逮捕された中国留学生の3人以外にも共犯がいる疑いがある」として、捜査結果に納得せず再捜査を求めている者もいるとのこと。この事件は本当の意味で、解決していないのではないかという疑問が残る。

参照:日本で中国人の死刑を執行 福岡一家4人殺害事件
    中国人留学生、夢破れ転落――第9部〈続・犯罪底流〉

        女の子の足首には9kgのダンベル…家族4人を殺害・海中遺棄した中国人元死刑囚