他人の幸せのためにと
頑張ることは、もうやめた
だけど
それは、自分のためだったの![]()
できることをしておけばよかった…
もう少し、こうしてたら…
あとで
こうしてたら、あれしてたらと
後悔したくないから

他人の幸せのためにと
やってたり、動いてたとしても
それは、自分のため。と
いつも肝に命じてる
やってあげたのに。と
恩着せがましくなるくらいなら
やってあげたから。と
お礼や見返りや期待しちゃうなら
相手のためには
何もやらないほうが、マシ。
やってあげたことは
未練や後悔になるならば
恨み、辛みになってしまうなら
最初から
何もしなくて、いい。
そう教えられて、育てられ
染みついてしまってる気がする

他人の幸せや、相手のため。
だったとしても
大前提として
私のしたいことだから。
私がしたかったから。
私のために。
というのが、わかってたら
恩着せがましくならないし、
お礼や見返りも期待しないし、
未練や後悔もなくて
恨み、辛みになることも、ない

自分を生きる。とか
自分軸って
こういうところに現れる
他人の幸せのために。
相手のために。
一見、美徳のようだけど…
自分のしたいこと。
自分のため。
というのを忘れてしまって
恩着せがましくなったり
お礼や見返りを期待してたり
するのなら
全然、美徳なんかじゃないし
未練や後悔になったり
恨み、辛みを持つような
被害者意識になってしまったら
自分を生きる。なんてできないし
自分軸を失って
他人軸になってるということ
被害者意識から
抜け出さない限りは
自分を生きることなんて、できない
自分の人生は
主導権を、自分が握って
自分の人生の
責任を、自分で負うことが
自分を生きる
ということ
サメくじら






